ホリデー・シーズンの大量ゲームリリースも一息付いた11/29に発生し、その後の一週間はどんなゲームの話題よりも業界を騒がせ、今や”Gerstmann-gate“(ウォーターゲート事件にちなんで)とまで称されるようになった一大スキャンダル?について今回は考えてみたい。
最初の記事はPrimotechだと思うのだが、その内容を簡単に言えば、インターネット上のゲーム総合サイトとしてはIGNと並んで最大手となるGameSpotのベテラン編集者Jeff Gerstmannが解雇されたというもの。しかし彼と親しい匿名の人物からの情報によると、その原因は彼が書いたレビューがスポンサーの怒りを買ったからであるとこの記事では述べている。
GameSpotではこの11月に自社サイトの広告主としてEidos Interactiveと契約し、同社がこのホリデーシーズンに一押しとしているKane & Lynch: Dead Menの宣伝広告を大々的に掲載していた。そしてこのゲームは11/13にXbox 360とPS3版が発売されたのだが、それとほぼ同時に掲載されたゲームのレビューを担当したのがGerstmannで、その採点は6.0(Fair)となっており、具体的なレビュー内容は(6.0という点にしては)かなり厳しい物となっていたのである(PC版は一週間遅れての発売となり、依然としてレビューは掲載されていない)。このレビューが広告主であったEidosを激怒させ、GameSpot側に「多額の広告費を払っているのにこういうレビューを掲載するとは何事だ」と抗議。その責任を取らされる形でレビューを書いたGerstmannが解雇されたというのが大筋の記事内容となる。ちなみにKane & Lynch: Dead MenとはHitmanシリーズで御馴染みのIO InteractiveによるFreedom Fighters(2003)の流れを汲む新作である。既に映画化も決定している。
翌11/30からこの件は多数のサイトでもニュースとして採り上げられるようになり、読者からはEidosとGameSpotに対する怒りと抗議が殺到する事態に陥っていた。その辺の経緯としてはjoystiq辺りが詳しい。またGS内部の人間からの書き込みも幾つかのForumにて見られるようになった(本当に内部の人間なのかの確証は無い)。特に有名なその中の一つは広告部門に勤務しているという人間からの情報で、その書き込みでは「Gerstmannの解雇はレビュー記事とは関係が無い」としているのだが、同時にEidosからの抗議が実際に有った事を認めている。その主張の内容は「レビュー掲載後に怒ったEidosからの抗議が有ったのは事実で、その後サイトの広告をクリックすると当サイトのビデオレビュー(Gerstmann自身が喋っている)に飛んでいたのを、ゲームの公式サイトに飛ぶように変更した。だがこの抗議から実際の解雇までは二週間程度の間が空いており、それを考えるとこの件が直接の原因とは考えにくい」と書いている。
その後GameSpotでは「有料購読を解約しよう」という運動を含めて抗議のスレッドがForumに乱立。またユーザー・レビューでK&Lに対して最低の1.0を投票するという抗議運動が発生し、投票機能が一時停止されるまでに至った。結果的にユーザー・レビューの平均点は大幅に低い物になっている。Eidosに対してもForumで抗議が行われた為にForum自体が一時アクセス不能となり、その後該当のスレッドを削除して再開されている。
GameSpotの親会社となるCNETではこの疑惑を否定。具体的なGerstmannの解雇理由については規約上明らかにする事は出来ないというコメントを出し、Eidosも同様に否定のコメントを出している。12/3にはGerstmann自身のコメントも出たが、彼もこの件についてはノーコメントという立場を取っている。
だが当初は確証の無い噂に過ぎなかった今回の一件が、「その様な事が起きていたに違いない」とユーザーに思わせたのには幾つかの理由が存在している。第一に当のGerstmannの書いたレビューの改竄である。当初GameSpot側からは「Xbox 360とPS3版の違いと、マルチプレイのモードについての修正を行った」という話だったのだが、ネット上に残っていた以前のレビュー文との比較が行われた結果、結構な部分が書き直されたり削除されたりしており、明らかにEidosへのお詫びの意味での修正であると受け取られた。その後のGSの弁明としては「文章がかなりラフな感じだったので丁寧な文章に修正した」、「6.0という点数には相応しくない様な攻撃的なものだったので、点数に応じたトーンに書き直した」となっているが、ちょっと修正というには直し過ぎに見えるのは確かだ。
第二に彼自身がレビューと同内容の事を喋っているビデオ版のレビューが、騒動発生後間も無くサイトから削除された点。それと彼の解雇と時を同じくして、GSでのK&Lの(背景前面を使用した)大々的な宣伝広告が消えた点(怒ったEidosが広告を取り消した様に見えたの意味)。
またゲーム自体の評価が芳しくなかった点も抗議運動を加速させたというのは否めない。現時点での平均点は70点を下回っており、Eidosが大作として推して来た注目の話題作、或いはあのIO Interactiveの新作として見ても物足りない評価となっている。内容的な面のみならず、「未完成で出された様に見える」、「オンラインではCoopが出来ない点に騙された(宣伝記事に詳細な記載が無かった)」、「マルチプレイの不具合やコンテンツの少なさ」、「PC版では動作トラブルが多い」と不満が多く発生している状態である。つまり「それなのに点数が低いという抗議を出すとはどういう感覚をしているんだ?」という反発を買ってしまったと言えるだろう。
そしてEidosには追い討ちを掛けるスキャンダルが発覚する。12/2にGameBumpが公式サイトの虚偽広告を指摘したのだ。公式サイトのFlash版に飛ぶとメディアのコメント入り評価文が切り替わりながら表示されるようになっているのだが、そこに実際には受けていないにもかかわらず五つ星の評価を自分達で記載していたという話になる。Gamespy, Game Informerのプレビュー記事から褒めている一文を抜き出して五つ星を付けて掲載し、該当サイトで実際のレビュー(三ツ星と7.0)が掲載された以降もそれを続けていた。同様の被害を受けたKotakuでは「我々はK&Lに五つ星なんて付けたっけ?」として記事にされている。なお既に指摘された文章はサイトからは削除されている。
この件はゲームの枠を超えてNewsweekやUSA Today等の一般サイトでも採り上げられるまでにヒートアップして、12/6には騒ぎがあまりにも大きくなったのでという理由から、GameSpotが自問自答形式で見解を自社サイトに掲載。ここでは「Eidosから抗議が有ったのは事実だが、それは同社が初めてという訳ではない。またどんな抗議があろうとも、それがレビューの内容に影響するような事は決して無い」と改めて全面否定されている。
とは言え幾つかの疑惑に対しての返答は素直に納得出来るような物では無かった。レビュー内容の修正問題については上に述べたが、ビデオレビューの削除については「壊れたマイクでの録音だったので音が悪かった為に削除した。すぐに修正版を上げ直さなかったのはゲームラッシュで忙しかったから」としている(この日にオリジナル版が再アップされた)。これには当然「この一本だけが偶然に壊れたマイクで録音されていたと言うのか?」といった疑念が沸き上がっている。全面広告が削除された理由は「全くの偶然に掲載契約の切れた日が彼の解雇と重なった」。結果的に疑念を晴らす事にはなっておらず、むしろ「そんな馬鹿げた言い訳が有るか」と一部からは失笑を買っているような状態である。とりあえずGSとしては今回の疑念を真剣に受け止め、今後は信頼回復の為に努力して行くとしている。
一方のEidosは虚偽表示の件を含めて反発は受けているものの、解雇の圧力については全面否定で追加のコメントも出さないという立場を貫いている。Eidosへは抗議の意味で将来的な製品に対しての不買運動も起きてはいるようだが、それが大きな物になって行くかとなると疑問。ただこのK&Lについてはもうお終いという感が強い。これだけ悪いイメージが付いてしまっては、今後の売り上げも期待薄である。続編や映画への影響も懸念される。2005年に経営不振から同じ英国のSCiの傘下に入り(日本法人も閉鎖された)、その後はやや持ち直したかに見えたEidosだが、今回の件は大きな痛手と成りかねない。実際に「製品の出来」と「今回のスキャンダル」のどちらの影響が強いのかは判らないが、同社の株価はK&Lの発売後に大きく下落したまま、今回の一件発覚後も持ち直せずに低迷を続けている。
一抹の可能性としては現在不満の多い同ゲームに全精力を注いで、パッチの早期リリースや無料追加コンテンツを充実させて汚名を返上するしか道は無さそうだ。
実際には真相がどうだったのかは謎のままだし、今後もそれが明らかになる可能性は少ない。「その様な事は無かった」という証拠を示すというのは困難だからである。ただし広告主がレビューの内容に文句を付けて来るというケースは珍しい事ではないという点は、今回の一件で明らかになったとは言えるだろう。広告の意義が強い(また金額が高い)雑誌メディアではその様な癒着が存在しているというのは昔から言われているが、ネット上のゲームサイトでもそれとは無縁ではないという事である。その意味でたまたま発覚したのがEidosとGameSpotの一件であり、実際には他のサイトでも同様の広告主からの圧力が発生していると認識しておくべきであろう。
例えば近年の有名な事件としては、2004年のDriv3rの先行レビュー事件というのが有った。当時Driverシリーズは高い人気を誇っていたゲームであり、三作目となるこのDriv3rにも大きな注目が集まっていた。だが結果的にはこのゲームは詰まらない部分と併せてグラフィックス等のバグが目立ち、明らかに未完成状態でリリースされたとしてかなり低い評価を受けて終わっている。
ところが英国の業界最大手クラスのThe Future Networkでは、自社のゲーム雑誌PSM2, Xbox Worldに一早くレビューを掲載する為に、雑誌のスポンサーでもあったAtariから先行してプレビュー版を受け取り、更にAtariからの「数有る問題やバグは製品版では治っているから、そういう物だとしてレビューしてくれ」という依頼通りに9/10という高得点を付けた。しかし実際に各メディアのレビューが集まって見ると明らかにおかしな内容である事に批判が集中し、最終的にはレビューを書いた本人が自分の意思とは別に会社からの命令で高い点を付けたという事を告白している(本人は正直に言えば6点とコメントしている)。
私自身も以前に某社の日本支店から、日本で発売されるゲームを発売前にお渡しするのでレビューをしてくれないかという依頼を頂いた事が有るが、そうなってしまうと悪い事が書けないという気がしてお断りさせてもらった。仮に謝礼を出すからと言われてレビューの執筆を依頼されても同じ話になる。確かに個人運営のサイトでは発信情報の到達範囲が限られてしまうが、その分広告主の意向には影響されていない純粋な物が書けるというのは利点であり、守るべき一線であると考えている。
今回の一件でスポンサー側もサイト運営側も、圧力でレビューを書き換えたという事実(噂でも)が発覚すれば、双方に多大なダメージを与えるというのが判ったと思う。真相がどうだったのかは謎だが、いずれにしろ自浄作用としてスポンサー側が圧力を掛けるような真似が減って欲しいと願っている。
読む側にしても一箇所のレビューだけを信頼するというのは危険である。幾つか数を読んでみて、採点競技の様に最高点と最低点を外して計算するといった見方も必要だろう(そういった物には書き手の好みが強く出ている可能性がある点を考慮しながら読むという意味)。