所有せざる人々

 PCゲーム市場におけるダウンロード販売の伸び率は飛躍的であり、2010年上半期ではリテール版(パッケージ)を上回ったという報道もなされた。(ただしこれは北米、それも限定的な範囲からのデータによる物であり、どれだけ正確なのかは疑問視されてもいる)。ただダウンロード販売が身近になって来ているのは確かであり、今後その比率が伸びていくのもまた間違いない。



 個人的にはダウンロード販売が始まってからもずっとパッケージ派なのだが、その理由としてはダウンロード販売の持つ利点が、あまり自分にとって魅力的には感じられないというのがある。例えば海外からの直接購入による配達や国内販売店への入荷を待たずに、新作ゲームが解禁と同時に即座にプレイ可能という点だが、そこまでしてすぐにプレイしたいという程のゲームが無い。というか時間的な問題で、休みの日に丁度手に入るとかでないと長時間プレイ出来ないので、その意味でもあまり急ごうという気が起きない。


 それとコンソールを含めて国産ゲームで育ってきた方には分からない感覚かも知れないが、インターネットという環境が整うまでは海外ゲームのファンは情報を入手する手段が相当限られており、新作ゲームを出た瞬間に手に入れるといった感覚とは縁遠い立場にいた。国内のみだと情報がログイン誌等で出て来る様になってからになるし、当時の国産PCは海外のIBM互換機と互換性が無かったので、話題作がその国産PCに移植されるまで一年位待ったりとかがザラにあった。私自身は海外のゲーム雑誌を直接取り寄せたりもしていたが、それでも月刊誌なのでゲームのレビュー等が読めるのは1~2ヶ月遅れるのが普通であり、そんな期間が長かったのでそもそも即買いという感覚は初めからあまり持っていない。(当時も海外ショップから通販で発売同時に即買いというファンはいた訳だが、私はそこまでマニアックではなかった)。


 次に価格。ダウンロード販売はパッケージの郵送料が掛からないのでその分安く買える。しかし店舗販売とは違って場所を取らない為に、ワゴンセールの様な形で早期に入れ替え処分する必要が無く、値崩れするのが遅いという傾向も見られる。よってしばらくしてから値崩れしたリテール版のゲームを通販でまとめ買いする際に、送料を足しても合計すると差が出ないというケースが結構ある。



 しかしここへ来て私のパッケージ版重視の姿勢にもちょっと変化が出て来ている。その理由を以下に述べよう。


1.パッケージが簡素になった
 昔のゲームのパッケージは大きかったし、様々なオマケアイテムが同梱されていたりと所有欲を満たしてくれる物が多かった。しかし先に欧州にてDVDケース化。北米ではDVDケース2枚分の厚さの紙製ミニボックス形式となり、これは見開き式も存在しておりまだ味があったのだが、近年では単なる厚いDVDケース形式というのが増えている。そして必要動作環境を裏面に印刷しないとならないので表示可能面積は減り(昔の大箱では厚みがあるので下面や側面に記載する方法があった)、余ったスペースの小ささからゲーム内容の宣伝記事が素っ気ない物も目立つ。


2.ダウンロード販売がメインのゲームが増えた
 Valveの製品は皆そうだし、インディーズ系のゲームもそういう物が多い。パッケージ版も在るには在るが単なる媒体という形で、どうしてもダウンロード販売が利用出来ない人への救済策程度の位置付けになっている。パッケージなども簡素で、中身もマニュアルはなくペラ紙一枚とかと寂しい。よってあえてパッケージ版という気にならない。


3.マイナーゲームの入手が困難
 主に欧州産のマイナーなゲームはパッケージの流通量が少なく、英国の通販サイトなどを見ても売っていない物がある。これまではeBayのショップを探すという手を使っていたのだが、近年そこでも見掛けない様なゲームも出てきた。よって選択肢がダウンロード販売以外に無い。インディーズ系のゲームと同じで、広範な地域をカバー可能な大手代理店との契約が困難なので、ダウンロード販売の方に力を入れているのだと思われる。それとこういったマイナーな代理店を経由するゲームでは、コスト削減の為に媒体のみでマニュアルすら付いていない物が目立ち(PDF形式)、その点も購入欲を殺がれる点になる。


4.安売りセール
 中でも一番大きいのはダウンロード販売における安売りだろう。多くのサイトが期間限定で大幅な安売りを行うようになっており、それだけ安いのならばお得という事から購入するに至っている。特にマイナーゲームは安売りされる確率が高いので、パッケージ版を見掛けない様なゲームが安売りされているのに手を出すようになった。


 元々ダウンロード販売が開始される以前には、パッケージングや流通のコストが無くなるのでリテール版よりも安く売れるという話になっていた。しかし始まってから現在に至るまで新作ゲームの販売価格はリテール版と同一であり、その分のコストカットは成されていない。Valveの話によればその理由は小売店の圧力によるものだそうだが、大作リリース時や何回でもダウンロードが可能というのに対応する為の太い回線(帯域)確保に掛かるコストも入っていると考えられる。
 ちなみに小売店(北米におけるWal-Mart等の大手チェーン店)の圧力とは、ダウンロード販売の方が安い→そちらの方が売れて小売店の売り上げが減ってしまう→ゲーム代理店に対してダウンロード販売にてリテール版よりも値引きする事を禁止するように圧力を掛ける→代理店としてはもし逆らって許可するとそのチェーン店に置いて貰えなくなり、それは北米においては途轍もないダメージとなる→そこで安売りする事を禁じるという条件付きでダウンロード販売を許可する、という意味。結果的にダウンロード販売のゲームの値引きは、小売店での販売価格の低下と一致して下がる事が多い。


 だがここ1,2年はその制限が緩和されたのか、売り上げに大きな意味を持たないマイナー系のゲームや旬を過ぎた物に対しては、期間限定での大安売りが頻繁に実施されるようになった。そこでまだ購入数は10本にも満たないが、個人的にもダウンロード販売を利用するようになっている。



 実際にダウンロード販売で買ってみての感想だが、実体の無さというのにやはり違和感がある。ダウンロード販売にてデータだけを購入したゲームでは、確かに所有しているという実感がまだ掴めない。私の場合パッケージは押し入れに仕舞っておいて、PCのすぐ横にある棚にマニュアルと媒体を保管しているのだが、終わったゲームの媒体とマニュアルは未プレイの物と分けているので、まだこれだけ終わっていないゲームが在るというのが視覚的にも良く解る。いわゆる積みゲーである。


 しかしダウンロードした物には実体が無く、HDの中を覗いて初めてそこに在る事を実感するようになっている。“積みゲー”という言葉には、高く積まれたり何列にもなって、プレイヤーに対し「まだこんなに残っているぞ」といった視覚的な圧力を掛けて来るというニュアンスが含まれているが、そこにはそれが存在しない。買ったは良いがそのままプレイせずに眠ったままという意味で、積みゲーというよりも「箪笥の肥やし」ならぬ「HDの肥やし(ゲー)」とでも呼んだ方が適当かもしれない。確かに物理的に邪魔ではないのだが、同時に存在感も薄いのはある種の寂しさも感じられてしまう。



 更に常時インストールしないゲームについてはもっとそれが希薄である。リテール版として購入したゲームの場合、まずは媒体のチェックも兼ねてインストールから起動までを試してみる事が多いのだが、ダウンロード販売の物についてはその必要性が薄い。なので購入したままで放置されてしまっている物も在る。半年前のSteamのセールで何本か購入したゲームがそれに当たり、これ等はデータとしての実体がHD上に存在せず、また普段はインストール済みのゲームのみを一覧表示しているのでその名前が目にも留まらない。購入してから現在までの間に、「そういえば買ったっけ」とその存在を思い出したのは数回程度という有様である。購入してプレイする権利は獲得しているのだが、今現在手元に物理的な形で所有はしていないし、またHD上に実体すらない。だが入手しようと思えば何時でも自由に手元に呼び出せるし、消したい時にはすぐに消す事も出来るという不思議な存在に感じられる。


 プレイしたいという自分ランキングで上位にいたゲームを安く買えたならともかく、「特別すぐにやりたい訳ではない」のだが、「今後これより安く買えるチャンスは少なそうだ」という程度の価格で売られていたり、「リテール版を見掛けないゲーム」という理由で購入したケースでは、プレイする優先順位が低いので関心度が低く、押さえの為に買った感が強くなる。そして安いので「プレイしないと勿体ない」という気持ちも希薄であり、買った時点で記憶の片隅に追いやられてしまう危険性を持っている。


 よって今後そういった「安売りされているが特別にプレイしたい訳ではないゲーム」をどうしようかという悩みはある。パッケージ版の積みゲーよりも存在感が無いので、より一層プレイが後回しにされてしまう可能性が高いからだ。そういう意味でダウンロード販売を体験してみて、改めてゲームをパッケージとして入手する利点というのに一つ気付かされたという感もある。個人的にはそういった点も含めてまだダウンロード販売を積極的に利用しようという気にはなれず、少なくともあと数年はダウンロード販売での購入にシフトする事は無いであろう。