前回の「自動回復方式」に続いて、近年のゲームデザインのトレンドを探る第二回では「HUDレス」というテーマで書いてみたい。
HUDの原義は“Heads Up Displays(ヘッドアップディスプレイ)”、視界に重ねて情報を表示する方式の意味だが、コンピューターゲームにおいてはオーバーレイと呼んだ方が適当かもしれない。ゲーム画面に重なって表示される情報の事で、ヘルスの値・武器の残り弾数・ミニマップ・ステルスメーター等が代表的な物となる。一般的には画面の四隅や下端に置かれて、プレイ中の画面に重なって邪魔にならないようにされているが、ここ2, 3年の間にこの様な表示を出来るだけ排除しようという意図を持ったFPS及びTPSゲームが増えて来ている。
具体例としてデザイン的にHUDの表示を出来る限り無くそうと試みているゲームでは、Dead Space, Mirror’s Edge, Alone in the Dark, Dark Sector, Fable II(アクションRPG), Kane & Lynch: Dead Men, Chronicles of Riddick等。今後発売予定の物では、Aliens: Colonial Marines, They Hunger: Lost Souls, Rogue Warrior等が挙げられる。
歴史的に見た場合、これまでにもHUDを無くそうという試みは存在している。一つは対戦形式のマルチプレイにおける視界確保の目的。出来る限り早く正確に敵の居場所を察知したい場合には、例えそれが画面の隅であろうと余計な表示は排除したいという考えが出て来る。そこでHUDの項目をオプションからOFFにしたり、透明化の設定により好みの濃さにしてHUD表示の背後をも透過して見られるようにするといったデザインが考えられた。
第二にサバイバルホラー系ゲームにおける意図的な情報の隠蔽。つまり「状況を掴み難い」イコール「恐怖感増大」という狙い。TPSであればヘルスの値を表示せずに、画面上のキャラクタのアニメーションを変える事で現在のダメージ量を判断させてやったりが可能である。FPSならばCall of Cthulhu: Dark Corners of the Earthでは銃のクリップの中の残弾数を確認出来ないというデザインになっている。
しかし近年のHUDレスを意図したゲームの目的や理由は以上の様な点とは異なっている。ではその理由とは何かと言うと、中で最も大きなものとしてはゲーム内世界にリアリティを持たせる為というのが挙げられる。多くの場合ゲーム画面上に表示されるHUDの情報は、本来はそのゲーム内世界には存在しない物である。言い替えると、ゲームをしているプレイヤーに対して便利な情報を表示しているだけであって、ゲームの主人公がその情報を見ている訳ではない。モニタに表示されているゲーム画面の前のプレイヤーと同様に、プレイヤーが操作しているゲームの中に居る主人公が、そのゲーム内世界において残弾数やヘルス値をHUDに表示された数値として見ているのでは無いという意味である。例外としてはSF設定のゲームが存在し、この場合には主人公のバイザー(ゴーグル)を通して見ている世界の風景に、HUDの表示が重なっているというのは不自然ではなくなる。Deus Ex: Invisible WarとかStar Wars: Republic Commando等。
SF設定の様な一部の例外を除くと、この様な“ゲーム画面の前のプレイヤーだけが見ている”というHUD表示は邪魔であるというのが基本的な考え方になる。ゲームのグラフィックス表示のクオリティは年々高くなっており、少々大袈裟だが現実世界の様に感じられる様な物も出て来ている。そしてそれは次の世代のゲーム機になればより顕著になって来るだろう。だがゲーム画面上にHUDが表示されている限りは、プレイヤーの意識から「これはあくまでもゲーム画面である」という感覚を拭い去る事が出来ない。そこでFPSにしろTPSにしろ、HUDを取り去ってゲーム内世界に実際に自分(TPSならば画面内キャラクタ)が存在しているのだという没入感を高める事が重要である、とするゲームが増えて来ている。
第二にスタイリッシュである。平たく言えばHUDを無くすと格好良いというシンプルな理由。こういったゲームが増えて来るとこの利点は薄れて来るが、現時点ではまだ珍しいので効果的。最近の典型的な例としてはMirror’s Edgeなどはそれに当たる。
第三にカジュアルゲーマーへの対策。ゆっくりと画面全体を見られるタイプのRPGやターン制のゲーム類とは異なり、アクション系ゲームでは画面中央の照準の位置か、TPSならキャラクタ自身に視点が集中する傾向にある。よって戦闘が激しくなると画面端に位置するHUDにまで目をやる余裕が無くなり、その数値をリアルタイムで把握していなかった事が原因での死亡というのも発生する。そうなると「画面隅のHUDをアクション操作と同時に逐次確認しながらプレイしないとならない」から難しいとして、カジュアルなゲーマーには敬遠されてしまう恐れがある。
ゲーム制作費の右肩上がりの増加により、とにかくゲームは多く売らないとならない状況にあるのは御存知の通り。そこで業界全体としては現時点でのゲーマーに多くのゲームを買ってもらうのと同時に、ゲームを買ってくれる層の拡大を図らないとならない。その為にはカジュアルな層の発掘が重要であり、それには難しいという抵抗感を持たれないようにする必要がある。そこでHUDを見ていなくても、ゲーム画面の中心付近を見ているだけで様々な情報が把握出来るようなシステムが要求されるという流れ。
第四にゲーム画面の拡大化。次世代機(既に現行機という方が適当だが)であるXbox 360とPS3のリリースにより、それまでのアスペクト比4:3のブラウン管画面から、大型TVによる横長16:9等のアスペクト比表示を前提としたゲームが増加している。そういったゲームを実際に大画面TVに映した場合、これまでに比べて四隅に表示されるHUDの位置は中央から離れる事になり、それを把握するのはこれまでの4:3画面に比較してやり難くなるのは必然。かと言って中央部分に表示を寄せてしまうと、これは通常プレイ画面の視界をより明確に遮る様になってしまう。つまり大画面化はHUDの把握という観点からはマイナス要素であり、それをどうやって修正するかという点でHUDレスというデザインが有用になって来る。
最後に同じく大画面化に関連してだが、次世代機の普及よりやや前から大画面TVの各家庭への普及が進んでいる。しかしその中で液晶方式と並んでメジャーであるプラズマTVは、その原理上画面の焼き付きに弱いというのが一般的であった。ちなみに焼き付きとは、同じ画面を長時間表示し続けていると、電源を切っても画面上にその表示が焼き付いて残ってしまうという現象で、それを防ぐ為にスクリーンセーバーが存在している。プラズマ方式ではブラウン管よりも遥かにこの焼き付きに弱く、現在では技術も進化しているが、当時は数時間の表示でも発生するという物が出回っていた。これはTVや映画を見ている分には問題ないのだが、ゲームをする際にはずっと同じ場所にHUDの表示が固定されて残る状態になるので焼き付を起してしまう危険性があるとされ、その為にそれを防がないとならないという点からHUDを無くそうという発想が出て来ている。
では具体的にどうやってHUDの表示を無くすのか? 画面情報が少なくなるという事はプレイヤーが知り得る情報が減るというのを意味し、HUDは消えてスッキリしたが情報が伝わらないのでゲームがプレイし難くなってしまったでは宜しく無い。
代表的な画面情報としてはまずプレイヤーのヘルスやアーマーの値が在るが、これは近年の自動回復方式による画面の変化(ダメージに応じて赤くなって行く等)で対応出来る。それに応じてアーマーという概念を持つゲームがSF系以外では減っているのは、このHUDレス化と無縁ではないと言えるだろう。ただしHUDを無くすのが目的で自動回復を選択するという様なケースはあまり無いと思う。あくまでも他の理由で自動回復を選択した副産物として得られた結果と見るべき。三人称視点においては、先に書いたように画面内のキャラクタの動きの違いでヘルス値を示すという方法も有効になる。またDead Spaceの様に体の背面にそれを表示するという方式はSF設定ならではのユニークな手法と言える。
HUDが無い訳ではないが、それを見ないでも情報が把握出来るという方式を使っているのがHalf-Life 2: EP。視点が集中する照準部分にヘルスや弾数を表示するという方式を使っており、これも一つの解決策と言える。同じくValveのLeft 4 Deadでは、他の仲間のヘルス状態やメディキットの所持を視覚的にも把握出来るという工夫が成されている。
次に現在所持している武器の種類・所持クリップ数・現在のクリップの中の残弾数といった情報もほとんどのゲームで必要となる。これはもしそれがSF的な設定を持っているゲームであればいろいろとやり方がある。一つは銃身自体にディスプレイを設けてそこに残弾数等をデジタル表示する方法で、Doom 3やF.E.A.R.の一部の武器に使われているのが有名。Dead Spaceではホログラム表示を使っている。
しかしSF設定では無いとなるとちょっと難しくなる。例えばWWII物で銃にデジタルディスプレイを付ける訳にも行かないからだ。その点TPSでは画面内にキャラクタが見えているので、情報を知らせるという意味ではFPSよりも有利である。スペアの銃は背中に背負わせる形で画面内に表示可能だし、グレネードや銃のクリップもベルト等に装着している数を実際の装備数に応じて書き換えるという方法がある。FPSならばAlone in the Darkの様に下を向いて自分の体を見下ろして確認する方法が有るが、これはアクション物ではあまり良い方法とは言えない。或いはCrysisの様に銃や装備を持ち上げるなりしてステータスを確認するというのも可能だが、これもまた激しいアクション系では面倒に思われてしまう可能性が高い。
その他の例えばマップについては、Far Cry 2の様に実際にマップを取り出してゲーム画面上で確認させるという方法が有る。しかしミニマップ表示はゲームによってはプレイヤーの利便性に大きく影響するので、外し難い要素なのは確か。他は消してもこれだけは表示するというゲームも多くなる事が予想される。
そんな中で定番として定着しつつあるのがFading HUDと呼ばれる機能。ヘルス値であればそれに変動があった時、武器関連ではリロードが生じた時のみHUDを表示し、数秒経過したらそれを消してしまうという方法である。少なくとも通常の移動中についてはHUD無しのゲームの様に見える。またプレイヤーの好みに応じて設定でHUD表示を固定に変更可能にしたりも簡単。HUDを消してリアリティを高めるという狙いからすると妥協ではあるが、組み込み易いという観点から採用タイトルは増えている。
補足としては、インベントリー等の各種情報表示画面についてもリアリティを考慮したデザインが出て来ている。代表的な物としてはPDAがあり、Doom 3, S.T.A.L.K.E.R., (新)Tomb Raider等で使われている。情報表示画面がPDAにアクセスしている様なデザインになっていて、ゲームをプレイしている人間が情報を見ているのではなく、ゲーム内の主人公自身が携帯しているPDAを実際に見ているという風に見せてやり、ゲームへの没入感を高めるというのが狙い。Bioshockの様にマップ内部の端末にアクセスした時にだけI/F画面が現れて、その画面がイコールその端末のI/Fになっているというやり方もある。
このHUDレスというデザインは今後導入が増えて行くのだろうか。Fading HUDは問題が少ないので採用件数は確実に増えそうだが、焦点は「出来る限りそれを減らす」というデザインを売りにして来るゲームがどうなるかだ。
当然ゲームのタイプとの相性があって、ヘルスについては自動回復だとしても、銃器のクリップ数や残弾数を完全に消すというのは難しい。逆に銃器が出て来ないか、出て来るとしても少ないのであればやり易い。Mirror’s Edgeはこのタイプだし、Condemnedの様なゲームでも導入は易しいだろう。打撃系武器や刀剣を主体に戦うTPSもこの方式に向いていると言える。しかしFPSにおいては銃器が主体のゲームの方が圧倒的に多いのは今後も変わらないと思われ、そうなると銃器系のステータスをHUDにおいて完全に隠した状態に保つというのは困難である。リアル系ならば「実際には見えないのだから」という理由でそれもアリだが、ゲーム界全体がカジュアル化して行く中でそういったゲームの登場は相当限定される筈である。
一つの可能性として別のデバイス、即ちゲームのコントローラーを通じて情報を伝達するという方法も残されている。現時点では単なる振動機能なので高度な情報伝達は不可能だが、リロードのタイミングを知らせる程度には使える。また次世代機においてはもっと複雑な機能を持ったデバイスの登場も有り得るだろう。PCにおいてはマルチディスプレイを使ってゲーム画面からはHUDを完全に無くすという手が有るが、これもアクション系のゲームではやり難くなる可能性が高く、マルチディスプレイもまだ一般的ではない。RPGの様なゲームであればステータス欄を全てメイン画面の外に出してしまうというのはあるかも知れない。
先に書いたように設定がSFや近未来であれば、銃身に表示するといった形式での実現が可能だ。しかしHUDレスにする為にわざわざ背景設定をSFにするという流れはまず無いと思われ、SF設定のゲームの割合が今後は増加するという流れが見られる訳でも無い。よってSF設定にしようと決まったゲームの中で、一部がHUDレスを売りにして来る程度では無いか。また近未来特殊部隊という設定だと、むしろ多大な情報をHUDに表示して“未来には実際に兵士からの視覚がこういう風になる”という方が自然であり、HUDレスとは逆の流れにもなって来る。
ステルス系のゲームも、銃器を使わないのであればHUDレスにはし易いシステムである。しかしライティングやサウンドのメーターという重要な要素が存在し、これを無くしてしまうとゲームプレイ自体に大きな影響が出てしまう可能性が高い。視覚的に現在のステルス状態がプレイヤーから明確に掴めるのならば良いのだが、その様な方法は相当に難しいと思われる。
反対にジャンルやタイプとして導入が増えそうな物としては、実写映画やドラマの版権物が考えられる。映画的に見せるという点をメインとするのならば、HUDは無い方が映画の画面に近くなる。よってHUDレスのデザインを採用する物が増えるというのは有り得るだろう。それがゲームプレイの上でマイナスに働いたとしても、映画の様に見せるという観点からするとHUDが無い方が重要だと考えても不思議ではない。と言うか、版権物のゲームだとそこまで深く考えないでHUDを削るというのも有りそうだ。
そしてその流れとして映画やドラマ的な演出を重視したいゲームでは採用例が増える可能性が高い。HUDが見えない事がプレイのし難さに繋がっても、映画的な感覚をプレイヤーにより強く与えられるのならばそうする価値があるとして、HUDレスのマイナス面を承知の上で導入するという意味だ。Fading HUDよりも踏み込んで減らすのかとなると微妙だが、なるべく表示ステータスとその時間を減らすような工夫は当然されると思われる。このタイプのゲームはグラフィックス表現が更に向上する次世代機ではより数が増えるのは確実だと考えられるので、やはりHUDレスの主流はこのジャンルになる気がする。
次に上にも書いたが、打撃系武器や刀剣を主体に戦うTPSならばHUDは削り易い。武器類は3,4個程度ならば自らの体に装備表示させる事でプレイヤーにも判断可能になるし、所持アイテム類も同様。現在の高解像度表示ならば見分け難いという事も無い筈だ。或いはTomb Raiderの様なタイプで戦闘要素を取り去ったアクションパズル主体のゲームもHUDレスに向いている。だがこのジャンルのゲームは必ずしも写実的な描画にこだわっておらず、その場合にはHUDを無くして「まるで現実世界の様に見せる」という意味合いが薄くなる。よって無理してHUDを削るよりも、ステータスを表示した方が良いという判断も出て来るだろう。なので写実にこだわる映画・ドラマスタイルのゲーム程にはHUDの有無にはこだわらないと予想。
後はサバイバルホラーのジャンル。これは冒頭でも書いたように近年のトレンドの前からその要素を含んでいるが、それを更に発展させた形での導入が図られるのではないかと予想している。結局HUDレスにするのはプレイヤーに不便を強いるという事であり、その情報の欠如というプレイのやり難さが正当化されるジャンルとなるとこれになるからだ。例えば銃にどれだけの弾が残っているのかを知らせなくても、ホラーの緊張感としてはプラスに働くという風に持って行ける。
ただし既にHUDを大幅に減らしたゲームが存在しているだけに、新しい物を生み出すというのは難しいという側面も持っている。Dead SpaceはSFにサバイバルホラーを組み合わせて新鮮味を出しているが、これを真似て他の会社が同じ事をしても効果は薄い。今後HUDが無い物は増えたとしても、新しさという面でのインパクトを与えるのは難しそうである。
結論としてはFading HUDの導入は今後もかなり増えて行く。HUDレスを強調したゲームも増えると予想するが、次世代機の発売は2010末から2011辺りになるとされているし、また写実的なゲームは制作期間が掛かる。よって実際に増えてくるのは2011-2012といったまだ先の話になりそうである。
最後にHUDを無くすというのはリアルさを出すのに効果的であるのは確かだが、それにはゲーム内世界からリアリティが感じられるというのが前提条件である。そのグラフィックスのクオリティや雰囲気描写から、実際にその世界内に自分が存在しているかの様に感じられるのが第一であり、それに加えてHUDを消すという順序でないとならない。例えばアニメの様に見える世界観のゲームだと、HUDを消してもリアルさは出て来ない。反対にS.T.A.L.K.E.R.にはゴテゴテとしたHUDが付いているが、それにも関わらずその世界の中を実際に行動しているという感覚においては1,2を争うゲームとなっている。
個人的には無理してHUDを無くす必要は無いと思うし、近年のゲームでFading HUDによりステータスが常に確認出来ないのは不便であるとも感じている。しかし現実の様に思える非常に高度なグラフィックスに加えて、HUDを無くしてそのリアリティを強めているというスタイルのゲームが出て来るという点は歓迎したい。HUDが無い事で多少の不便はあっても、それを補って余り有る様なリアリティを生み出している作品を見てみたいものである。