デモはどこへ消えた?

 PCの3Dアクションゲームをプレイするユーザーなら既に実感している筈だが、ここの所ゲームのデモが出なくなっている。現在このジャンルのゲームはそのほとんどがコンソールとのマルチプラットフォームになっている関係上、コンソール市場との絡みを考慮しないとならない。元々そのコンソール版では配給の手段が限定される等の理由から、デモのリリースは一般的ではなかった。しかし現行のXbox 360とPS3の世代になってから、ブロードバンド環境を持ったユーザー層が大幅に増加し、ネットワーク配信によるデモの供給という道が開かれる。そして3年前位からだろうか、デモを提供する事がゲーム販売における有力なプロモーション手段として定着し、コンソールのユーザーサイドも「デモがリリースされるのが当たり前」という考えを持つまでに至った。


 ところが最近ではそのデモのリリースが見合わされるゲームが増えており、そこにはゲームのデモ自体がリリースされないケースと、PC版のみデモが出ないというケースの二通りが存在している。とりあえずは実際にどんな状況なのかを調べてみた。



 以下は去年のホリデーシーズンからの、ここ1年分程度の3Dアクションゲームの一覧である。デモがリリースされている物は◎, コンソール版のみ等の限定的な物には△, 出ていない物には×を付けている。なお誰でも参加可能なオープンβテストは含めているが、対象者を限定したクローズドβテストは対象外としている。


×Assassin’s Creed: Brotherhood
×James Bond 007: Blood Stone
×Call of Duty: Black Ops
△Medal of Honor (オープンβのみ)
×Dead Rising 2
△Lost Planet 2 (コンソール版のみ)
△Star Wars: The Force Unleashed II (コンソール版のみ)
◎Mafia II
◎Kane & Lynch 2: Dog Days
×Singularity
×Prince of Persia: The Forgotten Sands
△Splinter Cell: Conviction(コンソール版のみ)
◎Just Cause 2
△Metro 2033 (発売半年後)
△Battlefield: Bad Company 2 (コンソール版のみ)
△Aliens vs. Predator (期間限定マルチプレイのみ)
×Assassin’s Creed II
×BioShock 2
×S.T.A.L.K.E.R.: Call of Pripyat


◎Left 4 Dead 2
×Call of Duty: Modern Warfare 2 (発売10ヶ月後、コンソール版のみ)
◎Operation Flashpoint: Dragon Rising
◎Painkiller: Resurrection
×Borderlands
△Resident Evil 5 (コンソール版のみ)
◎Batman: Arkham Asylum
◎Darkest of Days
△Red Faction: Guerrilla (コンソール版のみ)
◎Section 8 (オープンβ)


 以下はコンソール版のみリリースの著名なゲーム。


◎VANQUISH
◎Quantum Theory
×Halo Reach
×Red Dead Redemption
◎Army of Two: The 40th Day
×MAG
◎Heavy Rain
◎Uncharted 2



 一目瞭然だが、やはりデモのリリースは少ない。PC版は特にそうだが、コンソール版の方も多いとは言えないレベルである。これは一体どういった状況の変化なのだろうか。


 まず最初に、近年ではGTAシリーズに代表されるオープンワールドを題材にしたゲームが流行しているが、こういったタイプのゲームのデモは出し難いという事情が在る。リストで見るとAssassin’s Creedシリーズ, Red Dead Redemption, S.T.A.L.K.E.R.シリーズ, Dead Rising 2等。他に近年のPCでも出ている物としてはFar Cry 2, Prototype, Saints Row 2等もデモが無い。全てではないがデモの出る確率が低いジャンルと言える。


 その理由としては「デモを出すとそれで長時間遊べ過ぎてしまう」というのが一番大きい。製品版の全てではないにしろ広い範囲のマップをデモに含めて提供し、そこにサブミッション等のコンテンツをある程度入れてしまった場合、例えばプレイヤーが5~10時間位遊べてしまうとそれで満足してしまう危険性が生じる。もっと遊びたいので購入しようと思わせる利点は当然在るが、デモのプレイ可能時間が長いと逆効果になるという欠点も併せ持つ事になるので出せないとなる訳だ。それならばと製品版には含まれているコンテンツを大幅に減らしてゲーム内容を制限してしまうと、広いマップだけで何も出来ない世界になってしまい本来の面白さが伝わらなくなる。或いはMafia IIの様に透明な壁でエリアを狭くしたり、制限時間を設けてプレイを制限したデモもユーザーからの評判は悪くなる。一般的なゲームのデモの様に、製品版そのままのゲームプレイを短時間だけ味わって貰うという調整が困難であり、それがデモを提供する上での大きな障害となっている。



 続いてはコンソール市場がメインになった結果、デモのクオリティに慎重さが求められる様になった。デモの出来が悪い場合には逆にネガティブな印象を与えてしまうのは昔から変わりはない。しかし開発側のインタビューでたまに聞く話だが、「コンソールのユーザーの方が第一印象に強く影響される傾向にある」という見方が存在している。言い方を変えるとPCのゲーマーはデモに対して比較的寛容であり、デモについては「こんな感じなのか」と味わえれば多少問題があっても許されたりするが、コンソールのユーザーはデモに問題があると、そこで製品版への興味が完全に切られてしまう可能性が高いという意味。そこにはプレイヤーがゲーマーのレベルならば同じなのだが、コンソール版の方が市場が大きくライトユーザーが多いのでそういう事になり易いというのもある。


 これは製品版でも同じ事で、例えばPCのマルチプレイでは問題や要望にどれだけ早くパッチで対応してくれるのかが重要であり、リリース直後はある程度多目に見てくれるが、コンソールユーザーは初見で駄目だと判断するとそのまま戻って来てくれない人が比較的多いとされている。βテストの様に「これは未完成版なので勘違いしないで下さいね」という形式で行われる事が多くなったのもその傾向を受けてのものと言えるだろう。



 同じくコンソール主体の影響として、ハードメーカー側の品質保証検査(QA)が関係している。コンソール版のゲームは完成後に発売するハードメーカーの検査を受けないとならず、これは場合によっては数週間掛かるケースもある。そしてデモやパッチも全てこのQAを必要とする。よって早期にかなりの段階まで仕上がっている場合はともかく、発売に向けてバグ修正やパフォーマンスのアップが追い込みに入っているケースでは、発売前に完成版のクオリティに近いデモをリリースするのは困難という事態も発生してしまう。(ギリギリなら製品版のQAが優先されるので、それの終了後にデモ版を編集したのではQAを通すと発売前のリリースには間に合わない)。加えてデモのリリース後に大きな問題が発覚した際にも、修正パッチを出すのにまたQAの課程を通さないとならないので長期間放置状態になる恐れがあり、それがまたデモのリリースを尻込みさせる理由になっている。


 PCゲームでも当然QAの課程は存在するが、検査の義務を持たないので代理店の規模によっては短期間で済ませるケースもあるし、シングルプレイのゲームであってもユーザーのほとんどが“ゲームをプレイするPC”をネットに接続可能な環境を持つ為、未完成のバージョンをプレス工場に送って発売日にパッチで修正みたいな突貫作業も可能。デモの方も検査義務が無いので、完成版をプレス工場に送ってからデモを製作して発売日直前にミラーサイトに配布する事も出来る。
 マルチプレイのデモにおいても、緊急修正の為のパッチ(Hotfix)を出すのに検査課程は入らない。またβ版パッチを製作してそのバージョンのサーバーを建て、有志にパッチ済みバージョンで参加して貰ってテストを行い、完全版のパッチを早期に完成させるという手法も行える。反面コンソールではその様な行為はQAを通さないと許されないので、開発側からは「テストがやりにくい上に、修正パッチが出来上がっているのにQAの間は不具合のままで長期間放置されて評判を落としてしまう」という不満も挙がっている。


 しかしここまではマルチプラットフォーム化によるデモ減少の原因であって、ここ一年くらいの急激なデモの減少という変化については別の理由が必要となる。それはリスク回避という指向が大手代理店側に出始めているのが原因だろう。PCに比較してコンソールではMSとSonyというハードメーカーがネットワークを一元管理しているので、どのゲームのデモが数多くダウンロードされたのかや、マルチプレイデモならば実際に遊ばれているのかという統計が採り易い。そしてそれを代理店側も参考にし易い。ここでデモの人気と製品版の売り上げに概ね正比例の関係が見てとれるのならば、デモを使ってのPRが加速する筈である。ところがデモは大変な人気で評価も高かったのに、実際の製品版の売り上げは予想を下回る失望に終わったというゲームが出て来ている。話題にもなった物では、例えばEAではBattlefield: Bad Company(初代)やMirror’s Edgeがそれに当たる。 反対にデモが出なかったゲームの売り上げが平均して低くなるという訳でも無く、デモが無いのに大ヒットという作品も数多い。


 何故デモが好評なのに売り上げが伸びないのかという理由を見付けるのは難しい。実際問題としてデモが売り上げに与える影響というのは計りにくい面もあって、発売前の予約がデモのリリース後に見込みよりも増加したならそれはデモのおかげと取れるが、発売されてしまうとレビューの評価が影響してくるので、それ以降は純粋なデモの効果というのは判別し辛くなる。デモによって購入する気だったが、レビューの評価が思ったよりも低いので止めてしまう人がいるからだ。その他では以下の様な点が考えられるが、大規模なアンケートなどで調査しないとどれがより強く影響しているのかは判らない。


*それが短時間のデモであっても、プレイする事で満足してしまう人が結構いる
*デモはあくまでも参考にしかならず、最初から購入する気が薄い人はよっぽどの事が無い限りはデモによって購入を決意したりはしない
*買うゲームの予算が先に決まっているので、他にもっと面白いデモがあればそっちだけを買ってしまう
*マルチプレイのデモの場合、デモのプレイ時間が長くなるのでそれで満足してしまう
*中古販売に流されるユーザーが増加している影響で、確かに買う人は増やしているが新品が売れていない
*デモが面白いゲームよりも、デモが無いが面白そうなゲームがより買われる傾向にある(大作に人気集中)


 そしてその辺の原因が曖昧なだけに、「デモのリリースによる売り上げ増の効果」と「デモによる売り上げ減のマイナス面」を秤に掛けた際に、リスクを冒さずにデモを控えるべきという判断を下すケースが最近増えているという事になるのだろう。


 リストを見るとデモがリリースされるかどうかの明らかな判断基準が二つ見てとれる。一つは既に知名度や人気を確立したシリーズ物のデモは控えられる傾向にある。新しいフランチャイズの様にゲーム名自体が浸透していない物では(PCでは有名でもコンソールでは知名度が低いゲームも含まれる)、リスクを負ってでもデモを出して宣伝する会社が多いが、ヒットシリーズの新作は安全策を選択する物が増えていると言える。
 もう一つはマルチプレイのデモが多い点。マルチプレイは出来るだけ多くの人数を集めて、様々な回線環境のユーザーからの情報を集める必要があり、シングルプレイの様にテスターを募集して内部だけで完結させるのは難しい。よってマルチプレイのデモやβテストだけを行うというゲームが大きく減る事は今後も無いと思われる。後はマルチプレイのβテストに参加出来るという権利を特典として用意する事もあるので、その意味でも重要視される点は変わらなそうだ。


 このデモの減少傾向に歯止めが掛かるのかどうかは、来年3月までに現在控えている大物ゲームが発売されて、その売り上げ結果が出てからの話になる。ここ一年程度のデモを出さなかったゲームの売り上げが見込みに比較してどうだったのか。デモを出したのならば、その評価と売り上げとの相関関係はどうなのか。ここでデモのリリースがやはり重要なのではないかと判断されれば、再びデモをリリースしようとする傾向が強まるだろうし、相関関係が低いと見なされてしまえば更にデモのリリースが少ないという状況は続いていく事になる。


 最後にPC版のみデモが出ないという件についてだが、これはゲームにもよるがコンソール主体でPC版はベタ移植程度の扱いの場合、わざわざデモを製作して出そうという判断に至らないというのがまずある。同様にベタ移植ではないにしろ、PC版の売り上げが相対的にかなり少ないと見込まれるゲームでは当然デモは軽視される事になる。

 またPCのユーザーに比べると、コンソールのユーザーの方が数が多い分すそ野が広く、ゲーム情報を積極的に収集しないライトなユーザーもそれだけ多い。そういった数多い層にゲームの存在を知らせて売り上げを伸ばすにはデモの配布が効果的という考え方から、コンソール版のデモが優先して製作されるという理由を持つ。


 それと海賊版の影響で、PC版のみを数ヶ月発売延期するケースが増えており、この場合には当然コンソール版のデモと同時期のPCデモリリースはカットされるし、それから数ヶ月後にあえてPC版のデモを改めて作ろうという事も少なくなる。同じくコピープロテクトの関連として、媒体等の認証を行わないデモのexeファイルを改造して、製品版の認証を必要とするexeファイルのクラックに使うというケースがあり、その意味でデモのリリースを渋るというケースもある。(その為にデモのexeファイルなのにプロテクトが掛けられており、製品版用のプロテクトドライバをインストールする物もある)。


 しかし様々なハードウェア環境が存在している事からPCでは互換性テストが以前より重要視されており、デモは発売前にそのテストを広範囲のユーザーマシンで行うという意味合いも持っていた。それがカットされてしまうゲームが増えているのが現状であり、実際に発売時点でバグやパフォーマンスに問題が発覚するケースが増えている様に思われる。デモが出ない点はまだ我慢出来るとしても、この悪影響については今後より大きな問題になっていく恐れもある。そんなに問題が出るならPC版はカットしようとか、同時発売は止めて検証時間を設けようという考え方にならないとも限らず、そこは強く心配している点である。