宣伝にかける金

 コンソール(家庭用ゲーム機)用にゲームを作るには金がかかる、というのはよく聞く話である。実際に欧米のコンソールゲーム市場は超大手クラスの一握りの販売会社にほぼ独占されており、中堅以下クラスの販売代理店はPCゲームしか扱っていない所が多い。ましてや自分達だけで販売に加えて流通まで行うとなるとほぼ不可能。インディーズと呼ばれる仲間内だけで興したような小さなゲーム製作会社では、PCゲーム以外に成功の手段は残されていないという状況である。日本では国土が狭いのと、ゲームを作った会社が同時に販売も手掛ける事が多いという慣習がある為に、中堅クラスがコンソール市場でゲームを作るのというのはまだ可能性が残っているが、割合としては少ないというのに変わりはない。


 何故小さな会社はコンソール市場に参入出来ないのかというと、理由は上に書いたようにPCゲームを売るよりも金が要るからである。例えばよく知られている物としてはロイヤリティと呼ばれる規約が存在している。ゲーム機のハードの製作原価は高価なケースが多く、特に新ハードの立ち上げ時は顕著となり、例えばPS3やXbox 360クラスだと8-9万円程度と推測されている。しかしこれで儲けを出そうと考えて99,800円とかで売ろうとしても、この価格では売れないのは明白。そこで一台当り3-4万円の赤字覚悟で販売を行う。
 その代わりにゲームを制作する会社に対しては、「自分達は出来る限りハードの流通台数が多くなるように赤字でも売って努力するから、その補償金としてゲーム一本が売れるに付き一定の金額を徴収させてもらう」という契約を交わす。これがロイヤリティである。この契約を結ばない限りはそのハード用にゲームを発売する事が許可されないので、そのシステムに賛同するか否かに関わらず条件を呑むしかない。


 一般的には何%をハードメーカー側に収めないとならないのかは公開されない。どの程度取られるのかはハードによっても変わるし、また(発売してからかなり経過した等)時期によって変わって来るケースもある。またゲームによって違ったりもする。(ハードの売り上げに大きな影響を与えるほどの人気作だと、それを評価して標準よりも安い額で済まされたりする)。その昔のファミコン全盛時代には価格の1/3が任天堂の取り分だったそうだが、今ではそこまで高くなく10-20%程度と言われている。いずれにせよそのロイヤリティ分を合わせると損益分岐点を高目に合わせないとならず、ゲームを数多く売らないとならないから小さな会社ほど厳しくなる。だからロイヤリティの概念の無いPCゲームへと流れるという訳だ。


 しかしこのロイヤリティ以上に、中堅以下の会社がコンソール業界へ参入するのを妨げる物が存在している。それが今回のテーマとなる広告宣伝費で、これは日本においても当然大事なのだが、欧米市場の方が遥かに重要な要素として捉えられている。


 日本は嗜好が似通った人間が集中して狭い地域に住んでいるという世界的に見ても珍しい国であり、それ故に”宣伝”という行為がやり易い場所となっている。大々的な宣伝がしたければ全国ネットのTV番組でコマーシャルを流せば良いし、県や地域別に異なったCMを別々に何本も作る必要も無い。ゲームに限らず音楽・映画を含めて、例えば「日本各地で大ヒットしているが北海道だけでは売れていない」、「宣伝したにも関わらずどこでもサッパリだが、何故か九州だけで売れている」といった状況はまず起きないからだ。(その内容が特定地域に深く関連した内容で無い限り)。一種類の広告記事が全国的に使えて、且つ広範囲の地域への宣伝活動がやり易い場所となっている。


 しかし北米ではまるで話が異なって来る。カナダは国が異なるので明白だが、50の州についても日本の県の様なイメージではなく、それぞれ法律自体が異なっている等で独立国家という色合いの方が強い。大きく分けて西海岸・東海岸・南部といった区分けでは、お互いに外国という感覚が強いという位に異なった文化を持っている。また民族的にも非常に多彩だし、どの様な人種が多いかで地域別の考え方も異なって来る。その為に北米全土に対して共通して通用するような宣伝が難しいというのがまず一つの難題として存在している。
 次に北米はケーブルTVの世界なので、全国ネットという概念が乏しい。それぞれの家庭が地域で運営されているケーブルTV会社から好みの番組を購入して見るというのが一般的である。よって日本の様に全国ネットでゲームのCMを流すという宣伝方法が取れないのである。(アメフト決勝のスーパーボール等、全アメリカ人が共通して視聴する番組はほとんど無いとも言われる)。しかし予算的にCMを流す番組を絞らないとならないので、どうしても宣伝可能な範囲は狭くなる傾向にある。よって北米では、ある地域ではヒットしているのに、他の場所へ行くとその存在さえもがほとんど知られていないというケースも出てくる。言い方を変えれば、全米にくまなく宣伝をしようと考えたら、莫大な宣伝広告費を用意しないとならない。


 欧州はもっと分り易い。国別に言語や考え方が異なっているし、更には陸続きという歴史から同じ国内に異なった(時には敵対した)民族が暮らしていたりする。そして人口が一億を超えるような国は無く、5千万人を超えるのが4カ国(ドイツ・イギリス・イタリア・フランス)程度となり、大量の人間への同時宣伝というのはやり難い環境にある。つまり欧州全体では市場は日本よりも大きいのだが、国別に異なった言語とその国に合った宣伝方法を使わないとならず、その国の数が多いので大変な作業になる。よってここでも広範囲の宣伝は不可能ではないが、それには多額の金を用意しないとならないという話になってしまう。



 更にPCゲームとコンソールでは大きく事情が異なる点が有って、それがより宣伝広告費がかさむ原因となっている。それはゲームの情報を得るメディアの違いである。コンソール市場ではユーザーの50-60%が18歳以下の子供と言われており、PCゲームのユーザーとは年齢層が異なっている。それ故にその子供の層を重点的なターゲットにしないとならないのだが、彼等がゲームを購入する際の参考にする物のトップはゲーム雑誌であり、その他は友人からの情報やTVのCMといった物が続いている。これは日本でもおそらく変わらないだろう。ここでの問題とは信頼する情報源のトップがゲーム雑誌という点ではなく、彼等はそれ以外のメディアからの情報を得ようとしないという点にある。具体的に言えばインターネットからゲーム関連の情報を得ようとする子供が少ない。ここがPCゲームの世界とは大きく異なる部分で、PCでは逆に専門ゲーム雑誌はかなり廃れて来ており、ほぼネットから得る情報が中心となっている。
 それがどんな違いを生むのか? 18歳以下のコンソールゲーマーではゲーム雑誌から得る情報がほぼ全てという人が多いとなると、雑誌の記事に採り上げられていないゲームや広告ページに掲載されていないゲームは、その存在すらを知られずに終わる可能性が高い。つまり制作販売側からしたら、大量の広告を掲載して読者の関心を引かないとならなくなる。しかしゲーム雑誌の数はかなり多いし、雑誌広告は掲載ページにもよるが高額である。総合的なゲーム専門誌数冊、Xbox 360とPS3で出すとしてそれぞれの専門誌も数冊をチョイス。各々に発売前に数回、発売後にも数回満遍なく広告を出すとなったら、相当な予算を計上しないとならない。またそもそも目立つページはその雑誌に取っての御得意様とでもいうべき大手に占有されているから、良いページを確保する事自体が難しかったりもする。そうなると中堅クラスの会社が独自で、または小さな販売代理店がやろうとしても、予算的にも非常に厳しいし、ちょこっと広告を載せた程度ではユーザーの興味を引く事も難しい。その為にゲームの出来映え以前に、存在自体を知らせられないので終わってしまう事になる。デモの配信というのもPC業界に比較すると困難だし、TVのCMを使うのはもっと金がかかるからこれも不可。


 こういった事情からAAA(トリプルA、大物)クラスのゲームの宣伝には、総額で5百万ドルは最低限かかるとされていた。しかし近年ではこれが1千万ドルといった話になって来ており、先日はカプコンがLost Planetの宣伝費に日米欧で総額2千万ドル(約21億円)を費やしたと公開して話題にもなった。こうなって来ると超大手クラスでないと「コンソールでの商売は無理」である。
 実際の所我々もその宣伝費の少なからぬ部分を負担させられている。北米では大物新作は$49.99、PS3やXbox 360だと$59.99という価格設定になっているが、この内の10-20ドル程度は宣伝費の回収分という見方が一般的である。なにしろ宣伝費に一千万ドルを使ったとしたら、それを回収するには一本に付き$10として100万本、$20換算として50万本を売り上げなければならない計算である。これはもし宣伝を一切しなければゲームの価格は10-20ドル程度下げられるという意味になり(あくまでも単純計算での話だが)、実際に北米では発売後しばらくしてもう安くしないと売れないとなったら、その分の10-20ドル程度は価格が一気に下げられるケースも多い。


 PCの世界では自分達で公式サイトを立ち上げたり、制作したデモを配布したりしての宣伝活動が可能だし、ネットから情報を得ようとするユーザーが多いので、自分達の存在やゲーム内容を知ってもらえる可能性は遥かに高くなる。よって制作費以外の宣伝費が高額になる点を考えると、インディーズレベルの会社は否応無くPCでのゲーム制作にならざるを得ないのが現実である。



 ここからはちょっと視点を変えて、肥大化する宣伝広告費が我々ユーザーに与える影響について述べてみたい。ゲームというのは発売直後に一番売れるのが普通であり、一般的には発売後二週間が勝負というのが定説の様だ。勿論その後も売れ続けるゲームは存在する訳だが、我々の想像以上に発売直後というのは重要な位置を占めているらしい。(昔テレ東の「GameWave」にゲストで来た業界有名人であるチュンソフトの中村光一氏が、「ゲームは発売直後しか売れないです」とキッパリと断言していたのが思い出される)。それだけに発売日決定後のマーケティング部門の働きは重要となり、どの地域やどういったユーザー層を重要なターゲットにするかを決定し、限られた予算内でユーザーの購買欲を高めるように活動する事になる。


 しかし同時期に発売となるライバルのゲームも存在するので、その争いは熾烈を極める。ちょっと脇道に逸れるが、業界で定期的に出て来る話題として「PCゲームはコンソールの成長に押しやられて消えるのか?」というのがあるが、「それは有り得ない」という理由としてよく言われる点に双方の購買能力の違いがある。PCゲームのユーザーは年齢層が高い分、収入源を持っている人の割合が多い。つまりゲームの購入本数が多くなる傾向にある。例えば傑作とされるゲームが多く出るなら、それを全て買ってくれる可能性も高くなる。制作側からすると安定した購買層という見方が出来るので、PC用にゲームの制作を止める会社が一気に増える事は無いという話になる。(ある日を境に一斉にPCゲームが制作されなくなり、同時に全てのPCゲーマーがコンソールゲーム市場に移ってゲームを購入するようになるなら話は別だが)。
 一方でコンソール市場は18歳以下、即ち購買能力が低いユーザーが半分以上を占めている。その為にどれだけ面白いゲームを作っても、同時期発売のライバルよりも下だと判断されたら買ってもらえないという問題を抱えている。PCゲーマーなら3本とかが競争になっても、全部傑作とされているなら皆買ってくれたりもするが、少年達は買いたくても全部は買えないので選択を迫られるという意味だ。またPCゲーム界ではネット上の評判から発売後しばらくしたゲームが話題になったりもするが、困った事にコンソールではネットから情報を得ないユーザーの割合が多い分、発売後にはゲーム雑誌で再度話題にされるとか、友人からのクチコミ等が無いとそのまま忘れ去られてしまう可能性が高くなる。会社としても次のゲームの宣伝にかからないとならないから、何時までも発売したゲームに関わってはいられない。よって発売前に自分達のゲームが面白い事を宣伝すると同時に、「あのゲームよりも面白い」という点もアピールしてそこで買わせないとならないので競争は激しくなる。北米では毎週火曜日が発売解禁日となっているが、その点からライバル会社のラインアップを見ながら発売週をどこに決定するのかも非常に重要となる。


 ただしこの宣伝活動に関連してある大きな問題が存在している。ゲームの発売日というのは大体3ヶ月前程度までには公表される事が多いが、これは制作会社と販売会社が話し合って決めたり、或いは販売会社から「この日に出すからそれまでに完了させるように」と命令されるケースも有るだろう。ここでの問題というのは、発売日が近くなったのに見込みが狂ってゲームの完成が間に合いそうにないとなった時である。
 「間に合わないのならば延期するしかない」。それが外部から見た際の常識的な判断である。ところが発売日の決定と同時にマーケティング部門は多額の予算を使っての宣伝活動を開始している訳で、発売近くになって延期になるのは大きな痛手となる。仮に三ヶ月の延期になったとして、再度その時期に同額を費やしての宣伝再開は、既に予算を一部使ってしまっているから不可能。そうなると最初からその時期を予定して宣伝活動を行っているゲームに対して大きな不利となる。延期が2週間程度の短期間であっても、それによって発売週がライバル社の大作と重なってしまうのが大きな打撃になるケースもある。


 更には延期した場合に、その間の制作会社に対しての給料支払いはどうするのかという点も。ゲーム雑誌側も数ヶ月後には別のゲームをメインに取り上げているから、ユーザーの関心度も薄れてしまっている。また延期の原因はバグが取れないとか、ゲームプレイのバランス調整とかがほとんどであり、延期によってゲーム自体の出来が改善される訳ではない。つまり本来ゲームが予定通りに完成した際のクオリティを100とするなら、延期した事でそれが120とかになってより売れる可能性が高まるのではなくて、単に現在の未完成状態の70程度から本来の100になるだけである。


 そこから販売代理店側としては、以下の様な考えが出て来る。「延期し宣伝をやり直して売るよりも、現在の宣伝により購買意欲が盛り上がっている時に出してしまった方が売れるのではないか?」。極端な言い方になるが、販売代理店側としては高い評価を受けたが売れないゲームよりは、内容を批判されても売れるゲームの方が理想である。よってリコールを発生させるような致命的な問題が無いのならば、一切の問題点を公表せずに発売して強引に売り切ってしまった方が良いという発想が出て来ても不思議ではない。だからギリギリまで作っていたのでテスターによるバグ取りのプロセスを通っておらずにやたらとバグが目立つゲームや、バランス調整等が未完成という印象を与えるゲームがそのまま発売されたりという事が起きて、何故こんな代物を発売する気になったのか?とユーザーを困惑させる事になったりする訳だ。
 「そんな状態で出したら会社の評判に響くだろう」という考え方は確かにある。しかし大手の販売会社は多数のゲームを発売しており、出したゲームの大半がそういう状態だったら大きな批判も浴びるだろうが、一部がそういう状態ならばそれ程大きな影響は無いとも言える。逆に制作会社の方が強い批判を浴びるというケースも有る位だ。必ずこの時期までには完成させるという契約であった場合、間に合わせられなかった制作会社の方が悪いのか、延期したいと願う制作会社を無視してゲームを発売する販売会社の非が大きいのかは難しい判断でもある。

 それと先に書いたようにネットを介さない世界だと、ゲームへの批判もそれ程大きくは広がらない。PCゲームの場合には発売直後から「このゲームはクソだ」といった批判がネットを通じて広まったりする事も有るが、ネットから情報を得ない子供が多いコンソールでは、批判が彼等の耳に入る可能性が低くなる。ゲーム雑誌側が酷いとしてレビューで批判するまでは、ゲームが未完成である事を悟られずに売りさばけるので、PCゲームに比べると”強行突破”での発売にもチャンスがあるのだ。またPCよりも発売直後に並んででも買うといった早期の購入にこだわる傾向が有るので、それも一気に売ってしまうという作戦には好都合。ただしそれはコンソールの方が無理やり出してでも売ってしまう傾向が強いというだけで、PCゲームでも宣伝費をかけた物にはそういう傾向があるのは間違いない。


 個人的には「発売と同時にすぐプレイしたい」という気持ちは年々減少傾向にあり、むしろ最初のパッチを待った方が良いのではと考える事が多くなっている。デモが出ていないゲームや、デモに問題が感じられたゲームは、特に発売直後の購入は控え気味。皆さんも「販売会社は未完成だと判っていても利益優先でゲームを発売してくる」所だという認識だけは持っていた方が良いだろう。