血もナチスもない

 今回のテーマはドイツにおけるゲームの検閲事情。PCゲーマーならば御存知の方も多いと思うが、ドイツという国はゲームにおける残虐・暴力表現への規制が厳しく、発禁や内容の修正を余儀なくされたゲームも少なくない。ゲームへの規制という点ではオーストラリアと並んでよく知られている国となる。実は我が日本も規制が厳しい国の一つであり、海外のゲームを移植する際に内容が変更されるというケースが多いし、Xbox 360でデモを配信するのにドイツと共にダウンロードをブロックされたりもしている(それだけが理由ではないと思うが)。ただ日本は海外発のゲームの移植数が絶対的に少ないので、あまり表立って規制の厳しさが騒がれる事はなくなっている。


 まず最初にドイツのレーティング・システムから解説する。欧州では2003年よりPEGI(The Pan-European Game Information)と呼ばれる団体がゲームのレーティングを行っており、このPEGIに法的な拘束力は無いが、基本的にEU(欧州連合)を中心とした西側の国々ではこのレーティングを採用している。しかし国内に独自のレーティング機関を持っている国も存在し、有名なのは欧州最大規模のゲーム市場を持つ英国のBBFC(The British Board of Film Classification)。ここはゲームに限らず映画等の広範囲のメディアを審査する機構であり、規定としては「人間及び動物に対する暴力的な行為が含まれるゲーム」についてはBBFCの審査が必要とされている。この英国の独自審査については現在でも議論が行われており、基本的にゲーム販売会社側はPEGIの審査に従うべきという主張なのだが、BBFC側は「我々の審査の方が適切であり、国内の親にも理解されている」として対立している。
 なお日本国内で流通している物や、英国から通販で買ったりしたゲームではPEGIとBBFCの表記が混在している。FPSの場合にはBBFCの審査を受けないとならないと思えるのだが、PEGIのレーティングになっている物も有るし、異なった2種のパッケージが存在するケースも有ってこの辺はよく事情が分らない。特に暴力的とは判断されないFPSならば、別にPEGIでも問題は無いという話なのかも知れない。


 さてそこでドイツだが、この国はEUの中で唯一PEGIのレーティングを採用しておらず、国内の独自機関であるUSK (Unterhaltungsoftware Selbstkontrolle = Voluntary Monitoring Organisation of Entertainment Software)が審査を行っている。この為欧州版のゲームではPEGIとUSKのマークが併記されている事が多い。ただしUSKのマークはそのゲームがドイツ国内ではどういうレーティングを受けているかを示すだけの物であり、例えばPEGIとUSKの両方の16歳以上のレーティングを示すマークが付いていたとしても、PEGI版とUSK版が全く同じコンテンツであるとは限らないので注意。英国で購入したPEGIの16歳以上版(USKの16歳以上マークも一緒に付いている)と、ドイツ国内でのみ売られているドイツ語版or英語版のUSK16歳以上版とでは、ゲーム内容が異なっているかも知れないという意味である。


 左から、PEGIの18歳以上&暴力表現を含む。USKの16歳以上と18歳以上のマーク。BBFCの18歳以上のマーク。


 続いては詳しい審査内容について。実は今回ちょっと調べてみて知ったのだが、2003年4月から国内の審査方式が変っており、一言で言うなら規制は若干緩くなっている。しかし逆にレーティングに違反した行為(その年齢に達していないのにゲームを所持している・知っていながら非対象者に販売した等)に対する処罰は重くしようという動きが出ているようだ。


 ドイツ国内の審査機構は結構難解で、その理由は審査する組織が2つ存在している事に関係している。一つは先に挙げたUSK。それともう一つBPjM(Bundesprüfstelle für Jugengefährdende Medien = Federal Department for Media Harmful to Young Persons)という組織があって、これはゲームだけではなく書籍や映画も含めて若年層への有害メディアを規制するのを目的とした審査機構である。
 USKがゲームのレーティングを行うという図式は1994年から実施されているのだが、2003年の機構改正まではそれに法的な拘束力が無く、あくまでも購入者(親)の参考という位置付けになっていた。またUSKは18禁というランクを持ってはいたのだが、実質有効となるのは16歳以上推奨のランクまでであり、18禁に位置付けられるゲームの多くはBPjMが追加審査を行うという形が多く、結果的にその大半がIndexと呼ばれる一般販売禁止リストに載せられるというパターンになっていた。


 このIndexに掲載されたゲームは北米のESRBで言えばAO(Adult Only)に似た扱いとなり、18歳未満に売ってはいけなくなる。またコンソールではハードメーカーがこのレーティングのゲームの発売を認めていないので、MS・Sony・任天堂等のゲーム機用には実質発禁に等しくなり、PCでリリースするしか道は無くなる。更にドイツでは店頭でのディスプレイ・ゲームの宣伝行為・販売に年齢制限の無い雑誌等でのゲームのレビュー・オンラインでの販売等が禁止されるという厳しい制限が加わる。購入は店に直接出向いて申請し、18歳以上である事を証明出来る物を提示して初めて可能になるという仕組み。
 当然そうなってはセールス的にも大打撃を受けてしまうので、制作する側としては16歳以上推奨のランクに留める様にと考える所が多くなる。ところがその16歳以上でも他の国に比較して規制が厳しいので、結果的に内容が大きく変更されたゲームや、そこまでの改変は無理として発売を取り止めたゲームが多くなる、という状態であった。


 しかし2003年からは審査の方法が変った。USKレーティングに法的な拘束力が設定され、また18歳以上のレーティングが正式に設けられた。ゲームの審査はUSKのレーティングが優先され、BPjMはその決定に対して異議を申し立てる事が出来ないようになっている(それまでは一度審査されたゲームを再審査して、USKの審査結果を引っ繰り返せる力を持っていた)。よって現在のドイツ国内の審査過程は以下の様になっている。


 USKが審査して「16歳以上対象」までのランクの物は、普通にどこの店でも購入が可能。「18歳以上対象」のランクの場合も販売に関する制限は受けないが、北米同様にチェーン店によっては流通に乗せてもらえないといった不利は加わる。またこれは後に述べるが、ドイツでは18禁にするとある不利な条件が加わるという問題もあり。
 この上のランクがUSKによるレーティングの拒否。18禁よりも上の暴力表現とされるゲームがこれに当たり、USKはゲームを発禁にする権利を持たない為にこういう処置になる。発禁の権利を持つのはBPjMの方で、審査の依頼があればこういったレート外のゲームの審査を行う。ここで発禁の処置を受けたゲームは上記のIndexのリストに加わり、売れない訳ではないが厳しい制限を受ける事になる。もしBPjMの審査がIndexに加えるには当たらないとなった場合、そのゲームは法的には18禁と同じ扱いになる。そういうゲームがこれまでに存在しているのか不明だが、レーティングのマークが無い故に店頭での扱いでは不利になると思われる。なおBPjMはゲームを完全に流通禁止にする権利を持っていないが、更にその上の警察(政府)が所持を禁止(押収の権利)する決定を下すという可能性は残っている。



 ドイツにおける具体的な規制内容だが、第一にナチスに関連する要素については原則的に禁止。特にハーケンクロイツ(鉤十字)のマークの使用は御法度となる。Medal of Honor, Call of Dutyといった史実に則した内容のゲームにドイツ軍を出す事は許されているが、仮想的なストーリーを持ったドイツ軍に関するゲームの発売は通常許されていない。例えば古くはWolfenstein 3Dとか、最近ではTurning Point: Fall of Liberty(ナチスがWWIIで勝利していたらというIF物)の様な設定のゲーム。
 次に出血やGore(人体の切断)の要素も原則禁止。これは古くは血の色を緑色にしたりといった変更も有ったが、2003年の規制変更以来多少は緩くもなっているようだ。プレイヤーが敵を撃って出血させるという行為は相変わらず不味い様だが、カットシーンや最初から転がっていたりする死体からの出血等は認められるケースも有る。18禁のレーティングでないとそれは不可にしても、以前から比べると大きな進歩とも言えるだろう。


 更にラグドールへの規制。ラグドールは死者を弄ぶ行為として位置付けられており、導入が禁止されるケースも有る。ただ最近のゲームでは当たり前の様に使われているので、「最初に吹き飛ぶ時のみ計算が適用されて、その後は死体を撃ったりしても一切動かない」という形の規制が増えているようだ。同じ理由で死の際のアニメーションが残酷過ぎると問題にされるケースもあり、その場合はそのアニメーションのデータを削除してしまう。
 なお最後に付け加えておくと、ドイツでは「人間、或いは人間型の生物に対する暴力」への規制は非常に厳しいが、逆に北米とは異なりアダルト(性的)な描写についてはそれ程厳しく無いそうである。


 具体的に近年Indexに載せられて発禁扱いになったタイトルとしては、有名なのはXbox 360のDead RisingGears of War。暴力的過ぎる(特にチェンソー)という評価を受けレーティングを拒否され、また制作会社からは内容的に修正するのは不可能と見なされる。そのままMSの方針としてレーティングを受けられないゲームは販売しないという決まりから、ドイツでは発売されていない。
 Clive Barker’s Jerichoも同様にレーティングを拒否されたゲームだが、Codemasters側はゲーム内の表現は一種のアートなので変更は出来ないとし、結果的にPC版のみが売られる結果になっている。Condemned: Criminal Originsは一時は発売されていたのだが、その後販売禁止となり回収措置が取られている(元々どの様な変更が加えられていて、それのどこが後に問題視されたのかは不明)。



 ドイツで発売するに当たっては、北米でMatureの評価を受けているゲームの多くは人体からの流血&Gore要素が含まれているので、そのままの内容でUSKでの18禁のレートを受ける事は難しい。また販売本数を考えるならば、更に低い16歳以上のレートを得る方が有利となる。よってドイツ版ではレーティングを通せるようにゲームの内容を改変するという行為がよく行われる。普通のバージョンに含まれている事も多い”Low Gore”のオプションを有効にした程度でOKならば、ドイツ版ではその設定をLow Gore以外に変更出来ないようにして発売すれば良い。だが2003年の規制変更前よりはマシになったようだが、まだいろいろとそれ以外にも変更しないとならない箇所も多いようだ。
 特にFPSはプレイヤー自身がその視点から敵を撃つという感覚を持ったゲームなので厳しいレーティングになる可能性が高い。基準として敵が人間かどうかというのがかなり大きな比重を占めるらしく、例えばDoom 3Preyは北米版そのままの内容でUSKの18禁のレーティングを通したそうである。ただPreyなどは人間絡みで結構ヤバそうなシーンも含まれているはずで、その基準にはちょっと判りにくい部分も含まれているのは確かだ。


 以下に近年のゲームからドイツ版での変更点を挙げてみよう。


*Team Fortress 2
 流血表現は一切無し。全員ロボットという設定と思われ、当たった際には血が飛ぶ代わりに火花が散る。Gore表現も無く、代わりに歯車・スプリングといった部品や、オモチャのアヒル・ハンバーグ・犬のぬいぐるみといったアイテムが飛び散る。


*Bioshock
 18禁で発売。人体損傷のテクスチャを一部カット。マップ内の流血表現及び攻撃時の流血は抑え目。死体が焼け焦げる表現のカット。


*UT3
 18禁で発売。ラグドールの表現は最初だけで、その後死体を撃つ事は出来ない。それ以外はカット無し。


*Half-Life 2
 18禁で発売。流血表現無し。他は基本的にノーカット。


*Quake 4
 検閲版(18禁)と無修正版(レート外)の双方が発売。検閲版は流血表現は一切無し。冒頭の宇宙での死体が浮遊するシーンはカット。残酷で有名な人体改造シーンは4分間の長さを残酷なシーンを除いた1分に編集している。


*F.E.A.R.
 人体が飛び散る表現及び流血をカット。


*Far Cry
 ラグドールが残酷という事で全てカット。しかし初回リリース版はユーザーのパッチでロックを外されてしまい、全品回収後に物理的にラグドールのデータを取り去ったバージョンに差し替えられている。他に水中に落ちた死体からの流血表現がカットされている。


*Command & Conquer 3
 ゲーム内の自爆ユニットを爆弾を置いて逃げ去るユニットに変更。吹き飛ぶ人体の表現が引っ掛かる為。


*Grand Theft Auto III
 ヘッドショット削除。流血要素の軽減。市民を殺しても金を落とさない。幾つかの暴力的とされるミッションをゲーム内からカット。


 続いてはレーティング改正前の2003年以前のゲームを幾つか。


*Carmageddon 1&2
 暴力的なゲームとして歴史に残る有名な作品。多くの国では轢くとポイントが得られる通行人を”ゾンビ&緑の血”にするという変更が加えられたが、ドイツではそれも不可でロボット(というか単なるアイテムの様な物体)に変更された。2も同様でゾンビ版すら許可されずにエイリアンに変えられている。


*Half-Life
 海兵隊は全てロボットに変更。科学者も故意にせよ偶然にせよ撃つ事が出来ないように修正されている。当然流血及びGoreも無し。


*Return to Castle Wolfenstein
 敵はナチスの第三帝国では無く、”Wolves”と呼ばれる別の組織に変更されてストーリーも書き直されている。登場するドイツ側の登場人物の名前も同じく架空のものに変更。鉤十字ももちろん違うマークである。

 *Quake 2
 発禁処分。id側が直そうとしなかったのか、それとも直してもダメだったのかは判らない。


*Soldier of Fortune 2
 ゲームの舞台を地球ですらないパラレルワールドHysperiaに設定。住んでいるのは人工知能を持ったアンドロイドのみで、主人公John Mullinsもアンドロイドの傭兵となっている。多くのキャラクタの肌のテクスチャを変更。弾が当たった時に飛び散って見えるのは血ではなく火花、血の流れ出る描写は一切くオイルが洩れているという形で処理、死の叫び声は機械のノイズ音に変更、体がバラバラになる様な描写は無いし死の際のアニメーションも全面カットされている。


*Counter Strike
 流血等の表現は無し。プレイヤーは撃たれても死なず、倒れて降参するだけに変更されている。人気が高いだけあって、やはりドイツでも最も暴力表現反対派からは叩かれているゲームだそうだ。



 最後にまとめとして幾つかの疑問に対して答えておこう。まずは何故ドイツではそんなに規制が厳しいのか?だが、第一に戦争に負けたという歴史とナチスという過去から、暴力的な行為に対して敏感な感覚を持っているという理由が有る。それとドイツでは若者世代の荒廃振り(麻薬中毒・暴力行為等)の責任がゲームに有ると主張する政治家が多く、スケープゴートに仕立て上げられているという背景があるそうだ。どこの国でもそういう政治家は存在するが、特にドイツでは「銃の乱射事件が起きたりするのは犯人がFPSをプレイしていたせいである」という捉え方をする人間が多くなっているらしい。


 ドイツ用に専用のバージョンを制作したりするのは大変なのに、何故多くのメーカーはドイツ版の発売にこだわるのか?。その理由は簡単で、ドイツはアメリカに次ぐ世界第二のPCゲーム市場だからである。欧州で最大のゲーム市場となっているのは英国だが、PCゲームに限れば最大の市場はドイツであり、コンソールよりもPCゲームの市場の方が大きいという珍しい国となっている。またFPSゲームの人気も高いので、この国でゲームを売れないというのは世界的な視点から見ると大きな打撃となる。よって多大な労力を使ってでもドイツ専用版を制作するメーカーが多い訳である。


 先にちょっと書いたが、多くのメーカーが18禁ではなく16歳以上のレーティングにこだわる理由は、上のPC市場が巨大だという点に関係している。北米ではコンソールがメインのゲームはMatureではなくTeenのレーティングを採用する事が多い。これはコンソールのプレイヤーは若年層が多いので、Matureにすると売り上げに大きな影響が出てしまうからである。ドイツの理由もこれと同じで、若年層にもPCゲームが普及しているので、18禁になるとプレイヤーが限定されてしまうという事になる。高校生がマシンを持ち寄ってLANで遊んだり、サイバー(インターネット)カフェでのプレイが出来なくなるので、それを避ける為にコンテンツから暴力表現を多く削ってでも16歳以上に留めたいとするメーカーが多いそうだ。