ロシアより哀をこめて

 ロシアからのFPSのイメージとなると、良く言えば”ユニーク”, ”エキゾチック”といった言葉で示され、悪く言えば”チープ”, ”粗悪”という風に非難される事も多い。今回はそのロシアのゲーム事情について書いてみたい。ただし最初にお断りしておくが、何分にも情報が少ない未知の国なので、ロシアの開発チームのインタビュー等の少ない資料から構成しており、実情とは異なる点が有るかも知れない。


 最初にロシア国内のゲーム市場だが、PCゲームがメインでコンソール市場は相当小さいと思われる。Xbox 360のロシア語サイトは存在するのと、EAはロシアでも販売を行っているのは聞いた事が有るのだが、市場規模については明確な数値が無い。コンソールではゲーム機自体は赤字で売り捌き、その代わりにゲーム制作会社に対してゲーム一本が売れるに付き一定の金額をロイヤリティとして徴収する、というシステムを採用している。この構造上、ゲームの売り上げ本数がちゃんと把握出来ない市場ではビジネスとして成立し難いという話になる。
 もっと具体的に言うなら、海賊版が横行しており且つ法律的にその取締りがしっかりとしていない国では、ハードの赤字分をソフトの売り上げで埋めようにも、海賊版が出回っていてはソフトの売り上げからの回収が見込めなくなってしまう。よって海賊版への取締りが緩い国には進出しないか慎重になるというのが普通だ。アジア諸国と並んでロシアも海賊版では有名な国であり、その意味でコンソールのビジネスは成功し難いと思われる。


 実際にロシアの大手販売会社のサイトを見てもPCゲームしか掲載されておらず、ロシアの開発会社がコンソール用のゲームを作ったりというのはまず無いようだ。こういった大手は北米や欧州のゲームをロシア国内に流通させるのも担当しているが、そちらもPCゲームしか見当たらない。いずれにしろ開発という点では、ロシア国内の制作会社はPCゲームを作っている所だけと見て良いだろう。



 ロシア産のゲームに共通して感じられる点として、低予算で制作されたと思しき物が大半を占めるというのがまずは挙げられる。何故この様に低予算になるのかという理由には、やはり海賊版の横行が影響している。その系統の店で普通にコピーされた海賊版が売られているという状況であり、取り締まる法律が存在するのかは知らないが実質野放し状態。海外ゲームの代理店版であれ、国内制作会社のロシア国内版であれ、海賊版の入手は容易である。


 ではどうやってそれに対抗しているのかというと、「この程度の値段差だったら、ちゃんとマニュアルも付いている正式版を買っても良いかな」と思わせる程度にまで値段を安くして売る、というのが唯一の方策という話である。それ故にゲームの売上額は低く見積もらねばならず、当然そうなれば制作予算も低く抑えざるを得ない。結果的には少人数での制作による低予算ゲームしか生まれて来ないという状態に置かれている。



 北米や欧州では制作会社に予算が無い時にどうするのかと言うと、販売代理店と契約して前金で開発資金を提供してもらい、それでスタッフを雇ったりしてゲームのクオリティを上げるというのが普通である。実績のある会社ならば銀行から借りるという手もあるし、国によっては政府が援助してくれるというケースもある。


 その点ロシアでは、国内の制作会社はやはり国内の大手代理店と契約を結び、そこから資金提供を受けるという形がほとんどになる。有名な所では1C Company, Buka Entertainment, Akella, Russobit-M等。そしてこういった大手代理店が、欧米(ロシアを除く)の代理店との契約を結ぶべく交渉を行うという形になっている。だが問題はこういったロシア国内大手でさえ交渉能力が低く、欧米での発売に扱ぎ付けるまでが大変という点にある。



 ゲームのクオリティを高めるには、出来るだけ開発の早い段階で資金の目処を付けないとならない。つまり早期に欧米の大手と契約して多額の前金を確保する必要がある。しかしそういったケースは稀であり、大抵は既に完成してロシア国内では発売済の物を持って契約するというパターンになっている。だがそれはそもそも低予算で作られたゲームなのだから、欧米の大手代理店の下で制作されているゲームに対抗するのは厳しくなり、契約を結ぶのは難しいという話になってくる。

 最初から多額の予算を掛けてゲームを制作し、その過程で欧米との契約を結ぶという方式が理想なのだが、もし契約出来なかった場合には国内販売だけではとてもペイ出来ないとなるので、これは大きなギャンブルとなる。そして実際にそういったチャレンジを行う会社は無いようだ。


 ではロシアの大手代理店が欧米との契約をなかなか成立させられない理由とは何か。これは英語の壁というのが大きいそうだ。ロシアにはあまり英語に堪能な人が居ないらしく、居たとしてもゲーム業界には少ないというのが実情。相手に対してプレゼンとして見せるゲームは、少なくとも画面表示程度は英語にしないとならないが、それを実現するには制作チームの中に英語が分かる人が居なければならない。だがそれ自体が難しいというレベルの様だ。

 売り込み担当の営業のプレゼンの為の英語能力もどの程度なのか疑わしいというのもあるし、特に北米では膨大な量の契約書の記載事項をちゃんと理解しないとならないのも障害の一つとされている。なお東欧のゲーム制作会社としてポーランドやチェコの会社名を良く聞くが、これ等の国では英語がかなり広まっているそうで、その辺も西欧との契約の際に有利に働いているのかも知れない。ロシア同様に英語が流通していないウクライナではGSC Game WorldS.T.A.L.K.E.R.等の作品を欧米に売り込む事に成功しているが、これは同社に英語の優秀なスタッフが居るという事なのか、詳細な理由はちょっと判らない。


 また製品版として出たゲームでも、「声優の英語の発音が酷い」、「翻訳が間違いだらけ」といった指摘はレビューでも良く目にする。これは現状では英語が理解出来る(とされる)ロシア人が翻訳を行ったりしているからだそうで、ロシアでは英語が堪能な人材を集めるのが困難というのを如実に現している。「今後こういった問題点を無くすには、ロシア語を理解出来るアメリカ人(英国人)を契約した代理店に用意してもらうといった交渉が必要になるだろう」とは述べているが、当然お金が絡んで来るのでそれだけの価値があると認めさせないと実現は厳しい。



 その他の障害としては、やはりロシアと欧米ではその感性に大きな隔たりがあるとも話している。例えばそのユーモアでロシア国内では大きな人気を誇るアドベンチャーゲームのシリーズなども、その面白さが欧米のプレイヤーに理解出来るとは思えないそうだ。その辺の感覚の違いが欧米から見ると独特な印象のゲームを生むというのは利点だが、逆に言えば欧米のユーザーの感性に応えるようなゲームは生まれ難いとも言える。「仮に大きな予算をもらってゲームを制作する事になったにしても、ロシア人だけのチームでは欧米のユーザーに受けるようなゲームを作るのは、その感性の違いから非常に困難である」としている。本気で欧米で成功する為には、プロデューサー等のゲームデザイン担当にその辺のユーザーの好みが理解出来る欧米人が必要という意味になる。


 近年では1C CompanyやBukaが欧米での長期流通契約を結んだりしており(それぞれAtari, CDV)、欧米市場に流れて来るロシア産ゲームは増えると思われるが、上記の根本的な構造の問題が解決しない限りは、やはり質的に劣った物が多くなってしまう可能性が高い。



 話は変わってロシアの開発スタッフの実力はどうなのか?について。現在でもゲームの開発チームの人数は増加傾向にあり、数年前までは40-50人程度というのが多かったのが、最近では80-100人という話も多くなっている。今後はその人件費の増加を抑える為に、賃金の安い中国・インドや東欧諸国等への外注という形態が増えるのは確実と思われる。その際にロシアという国は選択肢に入るのかどうか。


 これは当事者からは二つの意見が有って、一つはロシアのゲームの質が全体的に低いように見えるのは単に低予算で制作しているからであって、十分な予算(人員)を与えられるならばクオリティはちゃんと高くなるというもの。最近ではSaber InteractiveのTimeshiftが、高額予算でのロシアのチームによる開発となったゲームとして挙げられる。その質がどうかは人によって評価が変わるだろうが、PC、Xbox 360、PS3対応のエンジンを一から製作したという点では技術力はそれなりにあると見ても良いと思われる。


 一方で3Dアクションの分野では確かにロシアは遅れているという意見も有る。ロシアでは伝統的にストラテジーやシミュレーションに興味を示すプログラマーが多く、実際のゲームもジャンル的にはその方面が多い。AIに関連する研究が盛んであるのも特徴。しかし3D系についてはあまり研究が進んでおらず、FPSやTPSを制作するという点では欧米に遅れを取っているとしている。3Dのモデラーやアニメーターの人材も少ない。グラフィックス関連の技術力(エフェクト表現等)という点では優れたエンジンも生まれてはいるのだが、モデリングやアニメーションの分野では劣っているというのは確かに感じられる。


 ロシア国内の技術力が認められれば、ロシアからオリジナル作品として欧米にまで進出して来る大型予算のゲームは相変わらず出て来なくても、実質ロシア産というゲームは今後増えるかもしれない。Ubisoftの上海スタジオ等中国を外注先として使ってる会社は多いようだが、それがロシアに変って行く可能性もあるという話になる。ただ先に書いたように英語の問題というのは大きな障害になる恐れがあり、またコンソール用ゲームの開発に長けた人材が少ないというのもデメリットになりそうだ。



 ロシア産ゲームの魅力とは、普通の欧米のゲームでは見られないようなロケーションが含まれていたり、ユニークなプレイ感覚を持っているという点が大きい。なのでそれが欧米化してしまうと魅力が薄れてしまう。例えば欧米の代理店と大型予算の契約をしたとしても、欧米市場で売る為にそれに合わせたゲームを作ったのではロシア産という意味が薄れてしまう。Timeshiftなどはその一例で、ゲームの評価は別にして、このゲームはロシアのみで制作したにもかかわらずロシア色は感じられない。ロシアの会社からも欧米で成功する所が出て来て欲しいとは思うのだが、それが完全に欧米化したゲームばかりになってしまうのではFPS界は面白くならない。


 現状では「基本的なアイディアはそのままで、もっと予算を掛けて制作されたバージョンを見てみたい」と感じさせるゲームが多いのだが、ロシア色を強めたゲーム性のままだと欧米市場での成功が不安視されるので、大きな予算を掛ける契約をするというのが難しくなる。かと言って妥協して欧米の嗜好に近付けるほど、現在持っている独自色は失われて行くとなりバランスが難しい。


 理想的にはS.T.A.L.K.E.R.の様な、地元ウクライナのチェルノブイリが舞台という独自色を出しながら、予算的にもかなり掛けているというゲームが増える事が望ましい。S.T.A.L.K.E.R.の場合には契約会社のTHQからの資金提供はそれ程でもなく、GSC側が自分達でかなりの予算を負担した為にあれだけの年月を掛けての制作が可能になったらしいが、こういった会社がロシア国内にも出て来れば面白い物が期待出来る筈である。現時点では欧米の標準的な制作予算(人員)とロシアのそれとの隔たりが大き過ぎる様な印象が強く、仮にその差が現在5:1とからならば、せめてそれを3:1や2:1にする程度にまで資金を出してくれる会社や人物が出現しないかというのに期待している。(ロシアにも相当な金持ちは結構居るようだし)。



 GSCの他にDeep Shadows等のウクライナからのゲームには注目作が存在するのに対して、ロシアからのFPSには欧米で大きく採り上げられる様なゲームが現状では出て来ていない。このままロシア産のFPSは一部のマニアックなプレイヤーの為だけのゲームという位置付けに留まってしまう可能性も高く、ロシア国内代理店の更なる努力が必要になるだろう。