ペイするための3つのルール

 先日Savage 2: A Tortured SoulをリリースしたS2 Gamesは、カリフォルニアを拠点とする小さな会社である。いわゆるインディーズ(independent developer)に属する、非常に小規模な制作会社に過ぎない。2003年のデビュー作であるSavage: The Battle for Newerthにてちょっとは知られるようになった所ではあるが、実質的には無名に近いと言う方が正確だろう。そのS2では今回新作のSavage 2をリリースするに当たって、新たなアプローチでこの製品を配給する試みを行っている。「自分達のような実力は持っているが、知名度や資金が少ないインディーズの会社が成功する為の方法」として一つのビジネスモデルを示し、今後同じ様な立場にある会社への指針となるように、まずは自分達が先陣を切ってそれを成功させたいと話している。ここではSavage 2というゲームの内容についてではなく、彼等の考える「小さな会社がゲームの制作・販売で成功する為の方法」について紹介してみたい。


 小さな会社がゲームを制作する場合、それがFPSやTPSの様な3D系のアクションゲームとなると制作の負荷はかなり大きなものとなる。2Dの画像を主体としたアドベンチャーゲームだと一人から数人程度での制作販売も行われているが、3D系のゲームではそうも行かない。要求されるグラフィックス系のクオリティも年々高くなっているし、それに連れて制作の為の手間も増大する。過去には自分達の生活の為の資金は無いと困るから、本業の仕事の合間の時間を使ってゲームを作るというやり方も見られたが、そういったやり方も難しくなって来ていると言えよう。
 40-50人程度の規模のチームが2年程度を掛けて制作するのが普通になっている時代であり、やはり少人数であっても専門のゲーム制作会社として立ち上げ、その後2年間といった期間のフルタイムでの作業が必要になって来る。しかしゲームを発売するまでの間の生活費をどうやって工面するのかはともかくとして、少なくともその間に掛かった費用をゲームの販売から得る利益でペイ出来なければ、後に残るは借金のみとなる。理想的には次回作を開発する期間中の分、食って行けるだけの資金の蓄えが達成されるのが望ましい。


 そこでS2ではどういうやり方を推奨するのかと言うと、まず第一に「あくまでもインディーズとして、大手代理店との制作に関わる契約はするな」というルールを挙げている。契約に成功すれば制作費が支給され、その金で新たなメンバーも雇えるようになる。だが逆にゲーム内容に口を出されたり、自分達としては満足が行かない段階での発売を強要されたりするというデメリットが出て来る。実際に第一作のSavageにおいてもいろいろと揉めたらしく、やはりインディーズとしてはクオリティ優先で満足が行くまで作り込める環境が重要だとしている。


 ただしこれは理想論という面も感じられて、実際問題として全ての小規模会社がそれを貫けるのかとなると疑問もある。S2の規模は2006年当時は6人のみ。その後2007年のインタビューではサブのメンバーを数人加えたとしているが、実質10人以下というメンバーでこのSavage 2は制作されている。だがこれが仮にシングルプレイが主体というFPSだったら、同じ程度の規模で制作が可能だったかとなると疑わしい。シングルプレイ用の方がマップの広さや数、キャラクタを含めた各種3Dオブジェクトの作り込みが重要視されてくるからだ。マルチプレイの方はゲームプレイの面白さがより重要視される傾向に有るので、ゲームさえ面白ければグラフィックス関連の作り込みはそれ程ではなくてもユーザーに許容してもらえる。
 彼等自身もシングルプレイを重視したゲームだと、自分達が今回使用しているビジネスモデルでは問題が有るかも知れないとは認めており、「インディーズがFPS/TPSを制作するのならば、マルチプレイ専用の方が好ましい」という条件も加えておくべきかも知れない。


 実際問題としてSavage 2も2006年前半の時点では「既に70%完成しており、11月には発売する」とアナウンスされていたのが、最終的には延期を繰り返した挙句に出たのは2008年の1月という結果に終わっている。その理由は終盤に来て「入れた方が面白い」という要素を幾つか追加した結果、プログラムが複雑化して自分達の手には負えないレベルになってしまったからだそうで、途中で完成時期が見えなくなり何回も延期宣言をせざるを得なくなったと言う。彼等の場合には前作の売り上げという蓄えが有ったから1年以上の延期にも耐えられたのかも知れないが、実績の無い新会社だとそれだけの期間発売が延びるのは厳しいはず。
 この失敗は「自分達だけで満足が行くまで制作するにせよ、発売時期を見越してある程度の妥協は必要である」という教訓とも言えるし、第一条件の「自分達だけで作れ」という主張の説得力を弱める事にもなってしまっており、残念ながら彼等が予定していた程には上手く行かなかったという結論になるだろう。


 第二のルールは「オンラインでのダウンロード販売以外の方法は考えるな」。制作は自分達だけで行ったとして、これを販売するには代理店と契約してパッケージ版として流通させて売る方法と、ダウンロード販売という手段が存在している。しかし彼等の経験上、代理店を通してのパッケージ販売はインディーズ会社には向いていないとコメントしている。
 「Savage 1でのパッケージ版とダウンロード版の売り上げ本数比率は8:2。しかしより多い利益を得られたのはダウンロード版の方だった。小売店の取る手数料や流通コスト、更に代理店の取り分を除くと我々に入って来る利益は小額。しかも代理店からは三ヶ月・半年といった単位で〆てこちらに入金されるので、すぐにでも現金として欲しいと考えるインディーズ会社向きではない。もしパッケージ版で大きな利益を上げようと考えたら販売価格を高く設定しないとならなくなり、そうなると大手代理店からのゲームとの競争力も失われる」。



 実はここまでの二つのルールは特に目新しさを感じさせるアイディアでも無い。彼等のビジネスモデルのユニークな点は最後の三つ目のルール、それは「自社サイトのみからダウンロード販売せよ」というものだ。これは二つの意味で一般的な常識とは異なっている。インディーズに取って大きな弱点は宣伝能力の無さであり、それ故にユーザーに存在を知ってもらうところから始めないとならない。よってダウンロード販売を行うのならば、Steam, Direct2Drive, GameTap等の著名な販売サイトから売るというのが普通の考え方であるがそれを否定している。
 またどんな人間(会社)であれ、自分がゲームを制作したならば一人でも多くの人にプレイしてもらいたいと考えるのが人情だが、それも諦めるべきだという方針にもなっている。つまりインディーズ会社が最優先に求めるべきものは”利益”であり、その為には売り上げ本数を一本でも伸ばすという考え方ではなく、一円でも多くの利益を得られるような販売方法を優先しないとならないというのがS2の主張になる。


 仮にSteamの様なダウンロード販売会社と契約した場合、売り上げ一本に付き幾らかの金を相手側に支払わないとならない。そしてその額は決して安くは無い。実際に幾ら支払うのかは契約によっても変わるだろうし、売り上げ本数による割引とかがあるかも知れないのでハッキリしない。しかしもし1本に付き$1とかの安さなら販売を躊躇うとは思えないし、S2としても会社として契約するとどの程度なのかという話を持っていった上で止めているはずだから、$5, $10といった程度の金は掛かると見るべきだろう。(HL2のModであるGarry’s Modが$10で売られた際には、半分がSteamの取り分と公表されたという例は有る)。
 S2の主張はインディーズ会社がゲームを売る為に重要視すべきは販売価格であり、大物タイトルの価格となる$49.99に対して、このSavage 2の様に$29.99という価格で売ってこそ競争力が生まれる。しかしこれは中間コストが生じない自社サイトからの販売によってのみ実現し得る価格であり、大手のダウンロード会社に流通を委託すればその分の手数料を販売価格に上乗せしないとならなくなる。それにより$39.99といった価格になると競争力が低下するので止めた方が良いというのが基本的な考え方である。自社サイトだけでは多くのユーザーに知ってもらえないという点については、それなりに宣伝広告費を使って知名度を高めるのと、デモをリリースしてそれを補うという方法を示している。


 支払方法についてはPayPalを使用する。PayPalとは世界レベルのネットバンクの様な物で、小さな会社が通販を行う場合や個人レベルでの金銭のやり取りには最もポピュラーな方法として普及している。アカウントを通してクレジットカードでの支払いが可能な点が特徴で(受け取り側が許可していないとならないが)、相手側にクレジットカードの情報を送らずに金銭だけを送信するのでセキュリティ面でも安心となっている。送金側に手数料は掛からないし、受け取り側がPayPalの口座から自分の銀行口座に送金して現金化する際にわずかに手数料が発生するのみ。よって$29.99の大部分をそのまま利益として受け取る事が可能である。
 ただし弱点もあって、一部のユーザーはこの方法では買いたくても買えないという可能性は持っている。具体的にはクレジットカードを持っていない場合、自分のPayPal口座に銀行口座から送金を行い、その後PayPal口座から相手口座へと送金するしかない。だが銀行口座からの送金をサポートしている国は限られており、この日本でもそれは行えない。よってクレジットカードが無く、且つ米国等の口座からの送金が可能な国に銀行口座を持っていない人は、支払方法が無いのでゲームを購入したくても出来なくなる。(実際には協力者がいれば不可能ではない)。だがS2ではそれは仕方の無い事としており、安全性や普及度を考えると現状ではPayPal以外には方法は無いと述べている。いずれにしろ個人レベルでもユーザーに安心して金を支払ってもらえる方法としてPayPalが存在するから、インディーズ会社が自社サイトのみの支払いとするのにシステム上の問題は無いという事になる。


 なおS2はその他の販売方法を全面的に否定しているのではなく、例えば将来的にはSavage 2をMacやXbox 360等に移植して売りたいという野望を持っているそうだ。つまり現在の販売方法での目標売り上げ金額を達成さえすれば、その後は利益率が低くなっても他のダウンロード販売会社に委託したりパッケージ版として売ったりして、これまでには知られていなかった層へと販売を展開するのも有りだという意味。


A: 大手ダウンロード販売サイトに任せて、価格は取り分が少なくなる分$39.99等に引き上げて販売する
B: 大手ダウンロード販売サイトに任せて、価格は$29.99と安いままで売り、本数で勝負して利益を稼ぐ
C: 自社サイトのみで$29.99にて販売し、あくまでも販売本数ではなく利益率にこだわる


 まとめるとダウンロード販売で売る際には上記の3通りの販売方法が考えられる事になるが、現実にはどれが正解かの答えは存在しない。様々な要因が絡んで来るので、各ゲームやその時々の状況によっても変わって来るだろう。ただ今回S2がCのやり方で成功した場合には、同じCの方法を採用して来る会社が増えると言うのは確かだろう。その意味で同業のインディーズ会社もSavage 2がこのやり方で成功するのかどうかには注目しているはずである。



 さてこれまでは彼等の立てた成功する為の計画を述べて来た訳だが、これは果たして成功するのだろうか? 目標金額がどの程度に設定されているのかは分からないが、現在の自社サイトからの販売のみでその目標を達成出来れば見事に成功となる。仮に一本に付き$30の利益と単純に考えた場合、1万本売れれば30万ドルで、これは$1=110円換算だと3,300万円に相当する。給料の水準がどの程度か想像が付かないが、高望みをせずに一人に付き年間400万円で平均して8人での開発とした場合には、賃金が3,200万円となる計算でほぼ同額となる。会社の経費や広告費も考えないとならないがとにかく単純化してみると、2年間の開発期間分を埋め合わせるのに2万本が最低線、次回作の開発資金も考えると更に2年分の賃金として2万本追加して計4万本も売れれば成功か? 仮に前作の貯金で今回の制作費分は間に合っているのならば、今後の製作資金として2万本でもOKという話になるのかも知れない。


 逆に上手く行かないケースは2通り考えられる。一つは単に見込みほど売れないというケース。パッケージ版として流通もしていないし、大手のダウンロード販売サイトにも掲載されない。よって知名度が上がらない為に売り上げが伸びないという状況である。(当然ゲームが詰まらないので売れないという可能性もある)。発売前にはネット上のゲームサイト等に結構な金を使って宣伝活動は行ったそうだが、やはり一般的な大手代理店の出すゲームに比較すると知名度が相当低いのは否めない。
 もう一つは売れ行きはともかくとして、ネット上のサーバーに人が集まらないというケース。マルチプレイ専用なだけに人口がどれだけ集まるかは非常に重要である。Pingが良くて人が多いサーバーが、大量ではなくてもそこそこ存在するのならば大して不満も出ないだろうが、遊べるサーバーが限定されてくるとなると、ユーザーからも「もっと人を増やす為に努力しろ」と言う声が増えて来る筈である。


 だがこの販売システムでは、途中からの軌道修正は難しい面も持っている。売り上げを伸ばす為の手段としては、まずは更に宣伝費を費やしてゲームの知名度を上げる事に努めるという正攻法が有る。ただこれは効果の程が予測し難いという欠点を持つ。次に他のダウンロード販売サイトからも売るようにするという方法。Savage 2の場合にはゲーム性からしてSteamが効果的かもしれない。
 しかし売れ行きが伸びない状況だと価格を上げるのは難しいだろうから、$29.99という価格で売らざるを得ず、それだとSteamに払う手数料の分一本当りから入る収入額は減少してしまう。それとSteamでも売るとなったら、そちらにアカウントを移したいという現ユーザーの割合が結構多いのではないかと想像されるが、移行を認めたら一件に付き幾らかの金額をSteamに対して払わないとならないはず。(その後その移行ユーザーはインストール・パッチの適用・サーバーのブラウジング等で、Steam側が金を使って用意している帯域を使い続ける訳だから、Steamで買っていないユーザーを無料で移行させる道理が無い。そして実際にパッケージ版で買った物をSteamに登録する事が可能な製品は少ない)。そうなるとユーザーの代わりにS2が、利益として一度は得た金の一部を手放さないとならなくなる訳でこれは痛い。かと言って旧ユーザーの移行を認めないとすると、今度は「自社サイト以外からは売らないと宣言していたから買ったのに」という不満が出て来てしまう。
 その他では金が掛からない方法としては更に遊べるデモを用意するというやり方が残っている。(現在のデモは5時間までの制限あり)。例えばSteamの様に完全無料開放期間を一週間程度設けて宣伝するというのも有りだろう。しかしこの方法は「タップリと遊べたのでそれで充分」と考えるプレイヤーを生んでしまうという危険性を持った諸刃の剣ともなる。



 PCのマルチプレイ用ゲームの場合、人気の有る物は初期に一気に人が集まって、その後それに応じて人口が雪ダルマ式に増えて行くというパターンがほとんどであり、数ヶ月を掛けて徐々に人が増えて行くというケースは少ない。Savage 2の場合には根本的に知名度が低いという初期設定なので、知らなかった人が徐々に集まって来るという可能性は秘めているものの、やはりスタートから短期間で或る程度の人気を集めないと苦しくなるだろう。1/16発売だが、今後2ヶ月程度で人が充分に集まらなければ、上で書いたような何等かの対策を行わないと厳しいと思われる。
 もし早期にSteamの様な別のダウンロードサイトでも販売する方針に切り替えるとなったなら、計画が上手く行かなかったと判断出来る。ただそれが逆に知名度を増して高い売り上げに結び付くという良い方に転んで、「一本当りの利益を少なくしてでも、有名なダウンロード販売サイトで売るべきだ」という答えを出す結果に終わるというのも考えられるのだが。