ゲームにおける過激な暴力表現と、それに対する規制は今後どうなっていくのかが今回のテーマである。特にPCゲームという家庭用ゲーム機市場とは異なる面を持った市場での将来について考えて見たい。
世界最大規模となる北米市場では、ゲームのレーティングをESRBと呼ばれる非営利団体が行っている。このレーティングは必ず受けないとならない訳ではないのだが、受けていない製品はほとんどの店に置いてもらえなくなるので実質必須となっている。その基本的なプロセスは、開発会社側が審査の対象となると思われる部分を抜き出して作成したビデオを提出して審査を依頼。ESRBでは登録されている審査員(フルタイムの仕事では無い人も多い)から人種・職業・年齢的な偏りが無いように少なくとも3人を選択して、各人が独立して審査を実施。最終的にはその結果をまとめてレーティングを決定し提出者に通知する。審査は時間的な問題で完成品ではない段階の物が提出される事がほとんどなので、メーカーは完成後には改めて製品版を提出しないとならず、それはレーティングが正確だったかの検証に使用される。稀にだがこのプロセスによって発売後にレーティングの変更を指示されるケースも存在している(The Elder Scrolls IV: Oblivion等)
現在ではレーティングは図の様に6種類に分かれている。FPSゲームとしてはTeen(13歳以上)かMature(17歳以上)が大半となり、それぞれにはより詳しく含まれる内容についての説明(content descriptors)が付加される。これによって親が子供に買い与える際に、見せたくない要素について選別の参考に使えるという訳だ。以下はその一例である。
Blood and Gore – 体の部位の損傷とその箇所からの出血の表現を含む
Drug Reference – ドラッグに関連する内容を含む
Intense Violence – 極めて強い暴力表現を含む
Strong Language – 汚い言葉の表現を含む
Strong Sexual Content – 部分的なヌードや、露骨な性的表現を含む
このレーティングがどのような影響を及ぼすのかだが、当然Teenの方が購買層が広がるから理想的である。しかしFPSではTeenにしてしまうと流血表現等が制限されてしまう為にユーザーへの評判が悪くなるという面も持っており、Matureを前提に作られるというゲームが多くなっている。ただしMatureとされたゲームの中には大手のチェーン店(Walmart, Best Buy, Target, Toys R Us, Circuit City, Gamestop等)で取り扱いを拒否されるというケースも存在している。こういった店では独自の基準や審査機構を持っており、特に残酷だったりで問題視されている様なゲームを扱わなくなる事があって、この場合にはメーカー側に取っては大きな痛手となってしまう。
Matureの上にはAO(Adults Only。18歳未満には販売禁止)というレーティングが有って、滅多には無い事なのだが、ゲームがこれを受けてしまうと困った事になる。まずコンソールのSony, MS, 任天堂の三社では、AOを受けたゲームの販売を認めていない。コンソールでは販売前にそのハードメーカーの審査を通さない限りはゲームを販売出来ないから、AOを受けた時点で発売は不可能となる。PCにはその制限は無いのだが、上記の様な大手チェーン店ではAOが付いた物を扱わないので、売る手段が限定されてしまう事になる。
日本ではPC用に18禁のエロゲーというジャンルが存在しており、またその市場が巨大な為に、一般的な店舗にそういったゲームのコーナーが設けられている事も多いし、通販で買うにしても幾らでもそういったサイトは見付けられる。その為に18禁のレーティングが与えられたとしても、それが売る為の非常に大きなハンデとなるような感覚は薄いのだが、北米ではそうではなくて実質販売可能な場所が無くなってしまうという風に受け止められる。基本的に最初からAOで売る事を前提としたゲーム(ストリップ・ポーカーとか実写の脱衣系ゲーム等)以外は、AOのままで売ろうにも販売可能な店が少な過ぎて売り上げが見込めないので採算が取れない→現実的にはAOになった時点で販売不可能になる。
ではAOを受けたらどうするのかというと、作り直した内容で再提出して再審査に持ち込むという手段が残っている(Teenと考えて出したのにMatureになった等でも再審査は請求可能)。これまでにAOを受けたゲームが採った手段もこれで、再審査にてMature等に認められれば晴れて販売が可能になる。これまでにAOを受けた(アダルト系ではない普通の)ゲームは数少なく、大抵はゲーム内の一部のヌード等のアダルトコンテンツが引っ掛かっている。過激な暴力表現でAOとされたゲームは、このレーティングが出来てからはThe PunisherとManhunt 2のみとされている。
稀な例としてはAOのレーティングのままで販売されているゲームも有って、Fahrenheit(北米ではIndigo Prophecy)がそれに当たる。欧州ではノーカットなのだが、北米では一部のセックスシーンが引っ掛かってAOとなり、そのシーンをカットしてMatureで販売された。しかし後にノーカット版がDirector’s Cutの名前でAOとしてリリースされている。ただしこれはダウンロード販売限定でパッケージ版は無く、またそもそもカットされた内容自体がそれ程問題視する程の物なのか?という議論も有ったという背景があり、単純にダウンロード販売ならばどんな内容でもOKという意味ではない。
では基礎的な話が済んだ所で本題に入る。最近業界を騒がせた事件としてはManhunt 2のレーティング問題が挙げられる。これは発売後の今でもいろいろと揉めているのだが、要点だけを簡潔にまとめると、その暴力・残酷表現にて物議を醸したManhuntの続編となるMH2が、ESRBの審査にてAOのレーティングを受けてしまう。結果的には残酷シーンがちゃんと見られなくなるようなフィルターを掛けたりした修正版を再審査に提出し、Mのレーティングを受けて発売にこぎ付けたという話なのだが、表現の自由という観点から振り返って見ると好ましい出来事ではなかった。
第一にAOを受けた発売元のTake 2が「MのレーティングだったMHと変わらないレベルなのに、何故このMH2がAOを受けるのか? これと同レベルなのにMで通っているゲームも過去に有るじゃないか」と抗議したように、暴力的なゲームへの世間の見方が段々厳しくなっているという点。近年は何かと北米では有力者が出て来て暴力的なゲームの廃止を訴えて抗議を行ったりと風当たりが強くなって来ており、その圧力がESRBの評価に影響を与えたという意見も多く出ている。結果的に今回の”判例”が新しい基準となり、これ以降過激な暴力表現を含むゲームへの審査が厳しくなるのではないかという危惧もある。
また今回の一件はTake 2からすると自分達が完成させたゲームを検閲によって修正を余儀なくされた訳で、当然制作側(Rockstar)からしたら面白くないだろう。しかもゲーマーからは残酷表現に規制が行われた点を、「規制されたら意味が無い」として文句を付けられており、結果的に「それなら買わない」としたユーザー分の売り上げの減少と、甘くなった残虐表現の分評価にマイナス点を付けられたりしている。確かに全面的にTake 2が悪いとしているのではなく、AOのゲーム発売を認めないハード販売メーカーや、同じくAOのゲームを売ろうとはしない小売店側への抗議も行われてはいる。しかし元のままで発売出来るようにESRB側と交渉を進めるべきだったという抗議が出ているのも事実。
制作側からしたら完成したゲームを修正させられて、その修正した部分をユーザーからは文句を付けられ、また修正した為に売り上げにも影響が出てしまうとなると良い事が無く、極めて暴力的な表現を持ったゲームを作る事へのモチベーションが保てなくなってしまう恐れもある。余程売れるという見込みがないと、企画段階で危ないから止めておこうというケースも多くなるだろう。
この様な状況への対応策としては、やはり現在のESRBの在り方に問題が有るという話もよく出ているし、個人的にもそう感じる。発売前に一度審査するというシステムではなく、随時審査を受けられるようにして、制作の途中段階でどの辺までがOKなのかを把握出来るようにするべきだろう。それを行うには人手が足りないという事にもなってくるが、その辺は増員するとか組織の構造を見直すべき。副業的に仕事をしている審査員が多くてプロとして判断を下す人間が居ないという問題も指摘されており、これも改善が必要な点と考える。
またレーティングの区分にも問題が有る。現在の判定だとMatureでは収まらないと判断されたゲームは一律AOと判定されてしまう。問題は”AO=ポルノ”というイメージが強い点で、それが店にも置かれないしハードメーカーも販売を認めないとされる大きな理由である。しかし全てがアダルト・コンテンツを問題とされている訳ではなく、例えばMH2もバイオレンス面のみで規制に引っ掛かっており、その意味で別の区分が必要とする意見も出ている。つまりMatureの上に「暴力・残酷的な観点からそれ以上」とする別の18禁レートを作成し、AOとは明確に区別するというやり方。その狙いはポルノには拒否反応を示す小売店やハードメーカーも、こちらの要因のレートならば将来的に販売が認可される可能性が有るという点にある。
それと地道な「ゲームというメディアの認知度を上げる」という活動も重要である。よく比較されるように、同年齢程度の制限を受けている映画とゲームを比べた場合、明らかに映画の方が制限が緩くなっている。当然これには第三者的に鑑賞している映画での暴力行為と、自分自身がキャラクタを操作して暴力行為を行うのとでは意味合いが違うというのは有るのだが、それ以外の面でも基本的にはゲームの方が規制が厳しい。映画では酷い怪我で流血しているシーンはOKなのにゲームではダメとか、露出度が高い服を着た女性キャラクタが当たり前のように出て来る映画に対してゲームでは規制されてしまう等。これは日本からではどうにもしようがないが、10年20年先を見越した場合にはゲームという娯楽の社会的な地位向上が非常に大事な意味を持って来るのは確かである。
話は変わってPCでのレーティングに関わる重要な事項について考えてみる。それはModの存在である。Modとレーティングと来れば2005年に世間を騒がした“Hot Coffee”事件について触れない訳には行かない。ただこれも長くなるので要点だけ解説する。
Grand Theft Auto: San AndreasはMのレーティングを受けて発売されたのだが、その後Hot Coffeeと呼ばれるModによって内部に含まれていたコンテンツがプレイ可能になった。それは開発の初期段階で実験的に制作されたままで放置されていたデータで、ガールフレンドと性行為を行えるというミニゲームであった。そこからESRB側は「無料でダウンロードが可能なModによってアダルトコンテンツにアクセス出来るようになる以上は、レーティングをAOに変更せざるを得ない」と宣言。結果的にメーカーでは店頭の全品を回収して、物理的にデータを取り去ったバージョンに差し替えての再発を余儀なくされる(既存ユーザーにはModの使用を不可能にするパッチで対応)。更にはこの件で不快感を受けたというユーザーからの集団訴訟もあって、アナウンスによれば合計で2,450万ドル(約27億円)の損害を被ったとされている。
この事件によって問題となるのは、今後Modによってゲームの内容が改変される場合にどの様な判断が下されるのかという点である。例えば最初のESRBの審査でこのままではAOとされたゲームにて、不可とされた暴力シーンにフィルターを掛けたりして見えなくしてやり、それで再審査ではMを通したとしよう。しかし発売後にフィルターを切ってしまうModがリリースされた場合、発売会社には回収してそれを不可とした新バージョンを出さないとならない義務が生じるのかという論議である。実例としてはThe Punisherが存在し、AOと判定されたシーンでは白黒反転させると共にカメラ位置をズームにして残虐シーンをちゃんと見られなくするという修正を行って発売されたのだが、その後全てをアンロックしてしまうModがリリースされている。ただ発売が2004年とこの騒ぎの前だったのと、それ程大きな話題になったゲームでは無かったので(特に修正が可能なPCでは目立たなかった)、現在でもMのままで回収されてはいない(もう市場にあまり無い)。
しかし今後はその見方が変わって来る。仮にメーカーが開発段階でカットした残虐要素をデータとしては残していたり、残虐なシーンにはフィルターを掛ける等の対策を行ってMのレーティングを受けていたとする。これを外してしまうModをユーザーが作った場合に、どういう基準で店頭から回収されるのかが今の所ハッキリしていない。幾つか判例が出て来れば良いのだが、もし回収となったら損害額が大きくなる可能性が高く、それまでは先陣を切ってあえて危険な橋を渡って試してみようと考えるメーカーは出難いだろう。
完全に問題の要素を取り除いたバージョンを最初から発売すれば安全である。しかしそれはMH2の項で述べたようにユーザーから妥協したと反発を受けてしまう可能性が高い。PCにおいては分かっている人はModでオリジナルのバージョンに戻せるとしておいた方が、ゲームの評価や売り上げには遥かに有利であり、そこが判断の難しい所となる。それとカットすべき暴力シーンが規制前は3Dのアニメーションで構成されていた場合には、それを全部別の物に差し替えるのは結構な手間になるので、一律にフィルターを入れて見えなくするようにした方が楽というのもある。
アンロック可能なModがリリースされた場合に、開発者のサイトに警告してダウンロードを禁じ、大手のミラーサイトからも削除を要請すればOKと見なされるのか? 或いはすぐにModが動かなくなるようなパッチをリリースし、更に新しいModが出ればそれに追随してパッチを出し続けるという努力を見せればMのままで認められるのか?等、その判定は微妙な面を含んでいる。
なおフィルターで規制を行うゲームは割合としては相当少ないはずだが、見方を変えると規制を受けるほどの極めて暴力的なゲームはこの形式を採用する可能性が高い。物凄い暴力シーンを何をしているのかは判る程度にフィルターを掛けて見せるのと、(Matureで通す為に)フィルターを掛けずに完全に見せるがそれだけ暴力性は落とした表現を使うゲーム。どちらが過激かと言えば前者だろう。よってフィルターを掛けて見せるゲームは、暴力的で過激な表現を持ったゲームが好きな人にはその数が少なくても重要な物となる。増してやModで制限を緩和可能となれば尚更だ。
コンテンツ追加型のModについても必ずしも安心とは言えないのが現状である。GTASAの件は元々入っていたコンテンツをESRBの審査の際に明らかにしていなかったと言う点が問題視されたのだが、ではデータを追加・改変するタイプのModではどうなるのか。例えば典型的な例としてはヌードパッチと呼ばれる物が存在している。女性キャラクタの衣装を裸に変えてしまう物で、具体的には裸のテクスチャを作成してゲーム内の物と差し替えてしまう。または過剰な出血表現を行うBlood Patchというのも考えられる。これまでは別に問題視されていなかったのだが、今後この様なModが広く出回った場合に、メーカー側ではそれを抑える為の努力をする必要が発生するのかという意味になる。
怖いのはこれも問題とされてしまうと、Modによってゲーム内のコンテンツ(キャラクタのグラフィックス等)を変更するという行為自体が制限される可能性が出て来てしまう。Mod用のツールを出さなくても自分でやってしまうユーザーも多いので、根本的に改変が出来ないようなファイル構成を使用したりという事にも成りかねない。
更に最悪のケースとして、Modが問題となる可能性を持ったPCでは、フィルター系で暴力要素の描写を防ぐタイプのゲームは出ないようになるのではないかという危険性も指摘されている。コンソールでも改造ツールは存在しているが、PCのModに比較すれば使用するユーザーは少ないので、そちらは安全という判断。これまではPCゲームの方が過激な表現が可能というのが定説だっただけに、この様な考え方が制作側に広まってしまうのは大きな心配事項である。
最後に規制に関しては一応明るい話題も有る。規制に対する未来として期待されているのはダウンロード販売である。AOの判定を受けてしまっては現実的に儲けを出すほどの数を売る事は不可能というのが現在の見方だが、将来的にダウンロード販売がもっと一般化すればそこに可能性も見えて来る。AOになったらダウンロード販売専門のゲームとして売りに出すという意味で、ダウンロード販売を利用する人の割合が増加して来ればそれを考える会社も出て来るだろう。そもそも最初からダウンロード販売のみを考えているならばESRBを通す必要性も無くなる。
それとダウンロード販売だと、インディーズ系の新興会社も利用可能なので、大手の様に心配する事無く思い切って暴力性の強いゲームを制作可能になる。むしろ大手には無いその暴力性の高さを売りにしたゲームを作って来るという会社も期待出来る。
個人的には暴力的で過激なゲームは特別にという程ではないが好きだし、いずれにせよ規制されて開発側のやりたい事が制限されてしまうというのはやり切れない。あくまでもゲーム内の表現であるという点を理解して、規制が緩くなって自由な制作が可能な未来を望んでいる。
Seiryu_PGD: mr.m
MH2に関しては、Take 2が意図的に(話題にするために)あのようなゲームにした、と言う見方もありませんでしたっけ? GTA等でただでさえ目を付けられているところに、わざわざ挑発するかのような内容で、問題視されない方が驚きですわ。
Seiryu_PGD: 青龍
その様な噂も確かに出ていました。しかし個人的には、危険が大きいのでさすがにそこまではやらないだろうと考えています。